【W杯ヒストリー(10)】1974年西ドイツ大会

 産経新聞2014ブラジルW杯特集で連載中の記事です。

“皇帝”ベッケンバウアーが優勝導く 西ドイツ大会

 優勝カップがブラジルの永久保持となったため新しいトロフィーが作られ、大会名も「ジュール・リメ杯世界サッカー選手権大会」から「FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ」に変わった。
 オランダが全員攻撃、全員守備の「トータルフットボール」で旋風を巻き起こした。その中心が主将のヨハン・クライフ。創造性あふれるプレーで“空飛ぶオランダ人”と呼ばれた。
 地元西ドイツが決勝でオランダを止めた。スイーパーという守備専門役を、リベロという攻撃性を持つ役に変えた“皇帝”フランツ・ベッケンバウアー主将がチームを鼓舞し、2-1で逆転勝ち。2度目の優勝を遂げた。
 36年ぶりに出場したポーランドがブラジルを破り3位と健闘。快足FWグジェゴジュ・ラトーが7ゴールで得点王に輝いた。

■第10回大会データ
 ▼開催期間 1974年6月13日~7月7日(25日間)▼予選参加 95カ国▼本大会出場 16カ国▼試合方式 4チーム4組の1次リーグ。各組2位までの8チームを2組に分けた2次リーグを実施。1位同士が決勝、2位同士が3位決定戦▼総得点 97得点▼得点王 グジェゴジュ・ラトー(ポーランド)=7得点


2014.05.29 産経新聞より
(http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140529/wcg14052910000001-n1.htm)

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この記事へのコメント

  • 井出浩司

    開催国=優勝、が一番いいね。いよいよ明日です。頑張れニッポン。
    2014年06月14日 16:46

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