【W杯ヒストリー(9)】1970年メキシコ大会

 産経新聞2014ブラジルW杯特集で連載中の記事です。

W杯の舞台に初めて立った日本人は・・・70年メキシコ大会

 欧州と南米以外の地域で初開催されたが、空気の薄い高地、30度を超える炎天下と過酷な大会となった。初めて2人の選手交代が認められ、警告、退場を示すイエロー、レッドカードが導入された。
 決勝はともに過去2大会を制したブラジルとイタリアの顔合わせ。イタリアは“アステカの死闘”と呼ばれた準決勝・西ドイツ戦の疲労の色が濃く、ブラジルがペレのゴールで先制すると4-1で快勝。3度目の優勝でジュール・リメ杯を永久保持する権利を得た。
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ジュール・リメ杯を掲げるカルロスアルベルト。ブラジルは同杯を永久保持する権利を得たが、後に盗まれて溶かされた(AP)

 ペレはこの大会が最後のW杯となった。西ドイツのベッケンバウアーはイタリアとの準決勝で肩を脱臼し、包帯で固定してプレーし続けた。丸山義行氏が2試合で線審(現在の副審)を務め、日本人として初めてW杯の舞台に立った。

■第9回大会データ

 ▼開催期間 1970年5月31日~6月21日(22日間)▼予選参加 73カ国(棄権、辞退を含む)▼本大会出場 16カ国▼試合方式 4チーム4組の1次リーグ。各組2位までの8チームによる決勝トーナメント▼総得点 95得点▼得点王 ゲルト・ミュラー(西ドイツ)=10得点

2014.05.28 産経新聞より
(http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140528/wcg14052810000001-n1.htm)

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この記事へのコメント

  • 井出浩司

    オリンピックとWCが同じころに同じ場所でやってるんだ。ブラジルもそうだね。
    2014年06月14日 16:45

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