【W杯ヒストリー(2)】1934年イタリア大会

産経新聞2014ブラジルW杯特集で連載中の記事です。

独裁者ムソリーニが支配した「史上最悪のW杯」 34年イタリア大会

 1934年第2回イタリア大会は32カ国がエントリー。初めて予選が12組に分かれて行われ、16カ国が本大会に進出した。一方で、地元開催の第1回大会に優勝したウルグアイは、同大会に欧州勢が参加を渋ったことに対する報復で出場を拒否したとされる。英国4協会は国際サッカー連盟(FIFA)から脱退しており、不参加だった。
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決勝前にファシスト式の敬礼をするイタリア代表。「史上最悪のW杯」とも称される(AP)

 イタリアの独裁者ムソリーニの大会だった。母国優勝のため前回準優勝アルゼンチンのイタリア系主力3選手を引き抜き、審判を買収するなど国威発揚のためにあらゆる手段がとられ、「史上最悪のW杯」とも称される。
 ブラジル、アルゼンチンは1回戦で敗退。8強はすべて欧州勢となり、決勝はイタリアがチェコスロバキアを延長の末に2-1で破った。

■第2回大会データ

 ▼開催期間 1934年5月27日~6月10日(15日間)▼予選参加 32カ国(3カ国が途中棄権)▼本大会出場 16カ国▼試合方式 トーナメント▼総得点 70得点▼得点王 オルドリッヒ・ネイエドリー(チェコスロバキア)=5得点

2014.05.21 産経新聞より
(http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140521/wcg14052110000002-n1.htm)

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この記事へのコメント

  • 井出浩司

    ま、「イギリス」っていうのないからね。イングランドとスコットランド、の違いがちょっとわからないが、東京と田舎のもっと深刻なの、と覚えておけばいいのではないか。
    2014年06月07日 17:58

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