【私的昭和名曲撰】第19回「景子」~伊藤敏博

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  伊藤敏博さんの代表曲というなら、1980年のヤマハのポプコングランプリ曲「サヨナラ模様」です。先日カラオケを共にした友人Hは、こんな歌知らん、と言っておりました。御もっともです。しかし、1983年に発売されたシングル第3弾のこの曲こそ、名曲というにふさわしい、奥の深い曲です。
 売れない歌手を続ける男の恋人『景子』。しかし『景子』はそれで幸せでした。しかし、ある日『景子』の父親は恋人を家に呼び出すと、娘と別れるよう、切り出します。『景子』にいい縁談話が持ち上がっていたのです。『景子』は恋人とともに家を出る決心を固めるのですが、男の方は黙って身を引いたのでした。しかし、『景子』は恋人の子を身籠っていました。けれどもそのことを言い出せません。
 時は流れ、歌手として成功を収めた男は圭子の済む町でコンサートを行い.....
 私小説的な内容などといわれておりますが、伊藤さんは当時れっきとした国鉄マン。いたって固い職業についており、安定した生活を送っておりました。にもかかわらず、歌手本人のことを歌っていると思わせてしまうところがこの歌のすごいところです。
 「....私、女だからいつまでも待とうと決めていた....」、昭和の歌のメインロード、待つ女、受け身の女の姿です。そして、ひたすら支え続けます。
 もう決して若くない娘の将来を案じて、縁談話を必死にまとめようとする父親の姿は、ある意味当然でしょう。しかし若いころは、この父親像が、娘の幸せを奪うものとしか映りませんでした。駆け落ち覚悟の『景子』に対して、恋人は別れも告げず去っていく。男にとって『景子』の存在はある意味、重荷だったのかもしれません。
 妊娠していた『景子』はその事実を告げることができません。無目を追い続ける恋人を苦しませたくなかったのですが、本当は気付いてほしかったのでした。
 ここで問題なのは、この子供がどうなったかということです。若くない『景子』が、中絶をして、うまく縁談話に乗ったとは考えにくく、シングルマザーとして生きていると思いたいですね。
 『景子』と別れた男は、その後一念発起、コンサートを開くまでに成長しました。かつての恋人は、この町に『景子』がいることを知っているのかどうか定かではありません。また『景子』は、コンサートに行くのかどうかもわかりません。けれど、第2章の展開がいろいろ妄想出来る曲の終わり方です。

   

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