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zoom RSS 【明治の50冊】(8)柳田国男「遠野物語」 日本人の死生観「心の復興」

<<   作成日時 : 2018/06/16 23:07   >>

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 明治150年にあたる今年、産経新聞社では明治年間に書かれた先達の作品を紹介していきます。著作権も切れ、ともすれば忘れがちになる古典をもう一度再認識させてくれる好企画です。

  『遠野物語』に「山々にて取(とり)囲まれたる平地なり」とある岩手県の遠野郷(ごう)は、深い雪の中にあった。「今年は雪が多い分、寒さはそれほどでもないですよ」とホテルマンから聞いていたが、2月下旬の盆地は底冷えのする寒さだった。
 「この厳しい冬があったから、語りの時間を持つことができた。いろりを囲んで身を寄せ合って、情報交換をしていたんでしょう」と、遠野文化研究センターで民間信仰を研究する調査研究課長補佐の前川さおりさんは、同書が誕生した背景を推測する。
 柳田国男が『遠野物語』を上梓(じょうし)したのは明治43年6月。わずか350部の刊行だった。その前年、遠野郷の土淵(つちぶち)村(現・遠野市土淵)出身で、文学を志していた佐々木喜善(きぜん)の訪問を受けた柳田は、佐々木から興味深い話を聞く。山の神、家の神、河童(かっぱ)に狼(おおかみ)など、土地に伝わる伝説が日常生活に根づいていた逸話の数々で、これを119の物語にまとめて文語体で書き上げた。
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柳田国男(遠野市立博物館提供)

 「名著として残った要素には書名の力もある。遠野という地名には、わくわくさせる響きがありますからね」と話す前川さんによると、いろり端でさまざまな情報が交わされたのは、交通の要衝だったという地理的な側面も大きい。「どれが本当に遠野で生まれた話かわからない。読み継がれる理由の一つには普遍性もあると思います」
 第99話は、土淵村から沿岸部の田ノ浜(現・山田町船越田の浜)に婿に行った男の話で、29年の明治三陸地震による大津波で行方不明になった妻が、元恋人と一緒に海岸を歩いているのに出くわしたというものだ。同じような幽霊譚(たん)は7年前の東日本大震災の後にも数多く聞かれ、改めて『遠野物語』がクローズアップされた。
 「99話は、むしろ復興の話として読まれるべきだと思う」と話すのは、『遠野物語の誕生』などの著書がある東京学芸大教授の石井正己さんだ。
 石井さんによると、このエピソードはただ幽霊に会ったという単純なものではなく、遺体がないままに死を受け入れるというのは難しい問題だということを示唆している。心の復興にはきちんと死を受け止めなくてはならないということが書かれていて、それは今回の東日本大震災にも通じるのではないかという。
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初版本の表紙(右)と扉(遠野市立博物館提供)

 「当時は行政支援もなかったし、自力で復興せざるをえなかった。そこに至る心のあり方を考えさせてくれる貴重な例だと思う。東北には長い間、イタコがいて、霊を降ろして死者の声をつないできた。『遠野物語』は、イタコではなくても死者と出会うことができることを描いている」
 一方で、同書が出版された明治末期は近代化、西洋化が進み、土着的な暮らしや風習が急速に失われつつあった。柳田は前文に「願はくは之(これ)を語りて平地人を戦慄(せんりつ)せしめよ」と記しており、山の暮らしを忘れてしまった平地人=東京人に向けてこの本を編んだことは間違いない。
 「恐らく大きな近代化の波の中で、千年もの時間を抱えた日本人の生き方が薄れてしまうだろうという危機感はあったと思う。それから100年がたち、今はみんなが平地人化してしまった。われわれ現代人の生き方を問い直すというメッセージも感じます」と石井さんは解説する。
 遠野では、観光客向けに語り部たちが民話を語る。家の神であるオシラサマやザシキワラシといった、おなじみの話は人気が高い。東日本大震災のときは、ボランティアの宿泊所にも出かけ、疲れをねぎらった。
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柳田国男が明治42年に遠野を旅した際に滞在した「高善旅館」は、移築・保存され観光施設となっている=岩手県遠野市

 語り部の会事務局を務める工藤さのみさんは言う。「母や祖父から伝わる口頭伝承が中心ですが、悪い行いは自分に返ってくるという教訓も多い。今も生活の根底にあると感じます」(藤井克郎)
 次回は12日『浮雲』(二葉亭四迷)です。
【プロフィル】柳田国男
 やなぎた・くにお 明治8(1875)年、兵庫県田原村(現・福崎町)生まれ。33年に東京帝国大を卒業後、農商務省入省。42年、宮崎県椎葉村(しいばそん)における狩猟伝承をまとめた『後狩詞記(のちのかりことばのき)』を刊行。翌年、道祖神など各種石神についての考察『石神問答』と『遠野物語』を出版するなど、日本民俗学の礎を築く。昭和24年、日本民俗学会初代会長に就任。26年、文化勲章受章。37年、87歳で死去。


*2018.03.05 産経新聞より
(https://www.sankei.com/life/news/180305/lif1803050009-n1.html)

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