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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(55)

<<   作成日時 : 2018/04/21 23:54   >>

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日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(55)本能寺の変編 じゃあ、またな。メリー・クリスマス。あばよ

 天正10(1582)年6月2日(旧暦)早朝、当初は小者同士のけんかだと思われていた騒ぎは、まもなく鬨(とき)の声と銃声に代わり、火の手が上がるのが、本能寺から東へ200メートル離れたイエズス会の拠点・南蛮寺から確認された。
 その一方で−。
 〈明智の兵は難なく本能寺内に侵入するとすぐに信長を見つけ出し、手と顔を洗い終えて手拭で清めていた彼の背中をめがけ、矢を射かけた。信長は背から矢を引き抜き、長刀(なぎなた)を手にしばらく戦ったが、一方の腕に銃弾を受け、自室に退いて戸を閉めた〉
 宣教師、ルイス・フロイスは変直後の報告書や後年編述した『日本史』で概略、そう描写している。実は彼はこのとき、都を留守にしていた。ために居合わせた同僚宣教師からの聞き取りや独自の調査がもととなっている。
 「城介(じょうのすけ)の裏切りか?」
 大久保彦左衛門の『三河物語』によると、変を悟ったとき、信長はまずそう問うた。「(秋田)城介」とは嫡子、織田信忠の官名である。近習の森蘭丸は「明智光秀の裏切りかと思われます」と言上。信長が「なるほど明智か…」と応じるや槍(やり)に一突きされ、そのまま奥へ退いたという。
 本能寺の変から435年。「なぜ光秀は反旗を翻したのか」について百花繚乱(りょうらん)の諸説が覇を競ってきた。同様に、変直後からさまざまな「最期の信長」の姿が語られていたことがわかる。だがここはやはり、信憑(しんぴょう)性にそこそこの評がある『川角(かわすみ)太閤記』『当代記』などがその記述を認めた太田牛一著『信長公記』の出番だろう。
 〈「これは謀反か。いったいだれの企てか!」と信長。森蘭丸が「明智の手の者のようでございます」と上申すると、信長は一言。
 「是非に及ばず」−〉

 「『かつては声はおろかその名だけで諸人を畏怖させていた人が毛髪一本残すことなく灰燼(かいじん)に帰した』か…。うまいことを言ったもんだな。フロイスの野郎も。ところで、だ。去年のいまごろからの宿題はどうなった?」

 宿題? 不意に現れたお師匠(マキャベリ)様(さん)の不意打ちである。
 「何を目を白黒させているんだ。『是非に及ばず』はだれに向けられたのか−その意味がおまえのいうように『言語道断!』なら、その憤怒はだれに向けられていたか、だ。光秀かね、それとも光秀に史上の下克上を許したおのれ自身かね? まさか忘れていた? いやいや、知らぬふりしてまた年越ししようとしているんじゃねえだろうな」

 しまった、どう切り抜けるべきか。焦れば焦るほど、頭はまわらず、言葉は出ない。
 「何だ今度は。目が泳ぎまくっているじゃねえか。どうしようもねえ奴(やつ)だな。ならば聞くが、灰になっちまった信長を弔うために豊臣秀吉が造らせた2体の木像のうちの1つは信長の野郎の代わりに火葬、もう1つが京都の大徳寺総見院に残っているだろう。おまえはあれを見たか?」
 再び予期せぬ展開である。
画像
今も生前のオーラを発する「木造織田信長坐像」(重要文化財、大徳寺総見院提供)

 「いまなおあの精悍(せいかん)さ、生々しさは何だ? とくに斜め横から眺めたときに発する妖気はまさに魔王じゃねえか。『君主論』はおれさまの死後250年間、『悪魔の書』として糾弾の嵐にさらされ、おかげですべての著作がローマ教皇庁から禁書処分をくらうことになった。だから、『悪魔の書の元締』としておれさまは『魔王』−信長の気持ちがよくわかるんだよ」
 ここでお師匠様はへらり、と笑ってみせた。
 「悪魔ってのは他責的だろうから『是非に及ばず』は光秀に向けられた−と思うだろう。でも実は案外内省的なんだね。おれさまも書いているだろう。『この世の中で一番重要なことは自己を知ること、自分の身の程と魂の強さを判別できることなのだ』(※1)ってな。信長の憤怒は、史上の油断をしでかしたおのれ自身に向けられていたと考えてもおかしくはない。でも、こうも言える」
 はあ? まだあるのか? へきえきする筆者。一方、お師匠様は愉快、愉快この上なし、といった風情である。

 「運命(フォルトゥナ)への憤怒ゆえ−だ。女神か、はたまた魔女の姿か。いずれにせよ『まこと、正しき者の敵』(※2)であり、『人を高みに持ち上げるのも、決してそこに止めおこうと考えてのことではなく、落下によって彼が泣くのを見て楽しもうというに過ぎぬ』(※3)という性悪女(しょうわるおんな)のことだよ。前にも言っただろう。『人間の活動の半分を運命が思いのまま裁定するとしても、あとの半分は運命もわれわれの支配にまかせている』(※4)ってさ。ところが信長の野郎は半分どころかすべてを支配しようとした。人間ではなく『神』としてな。それで運命の怒りにふれたが、その仕打ちにそれ以上に怒り狂ったのが信長ってわけさ。ただ、この解説では『信長の死はデウスの天罰』を標榜(ひょうぼう)するフロイスの野郎の説教臭くなるがね」
 ここまで一気呵成(かせい)。そしてひと息ついたお師匠様は−。
 「さて正解は、このうちの1つなのか。はたまた、その複合体なのか。その答えは−教えてやらないよ。体と頭で大汗をかいて、自分でみつけるんだ。権威だとか師匠だとかいった連中に惑わされることなくな。じゃあ、またな。メリー・クリスマス。あばよ」

 そう言い残し、お師匠様は去っていった。初めてみる柔和な笑みを浮かべながら…。
 「はい、それまで!」
 何? 今度はいったい、だれだ? ありゃ? この連載企画の生みの親−口だけ笑って目が笑わない、わが上司様ではないか!
 「この与太話(よたばなし)が始まって1年1カ月。さすがのマキャベリも信長も十分に成仏したことだろう。これにて一件落着−連載はめでたく打ち切りだよ。はいはい、ご苦労さん」
 何と! 寝耳に水! これぞまさに、是非に及ばず−。(編集委員 関厚夫)
 ※1 筑摩書房『マキァヴェッリ全集1』=『カストルッチョ・カストラカーニ伝』▽※2、3 同全集4=『イタリア十年史その二』『運について』▽※4 中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』=『君主論』、一部編集(おわり)

*2017.12.24 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/171224/lif1712240023-n1.html)

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