モノトーンの肖像画

アクセスカウンタ

zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(53)

<<   作成日時 : 2018/04/19 23:27   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(53)本能寺の変編 「人を決して欺かない」との評判を博せ。最後に欺くために

 聖地・本能寺跡への1年ぶりの巡礼となった。
 相変わらず、碑がなければそれとは分からない南蛮寺跡を経て、数々のしゃれた飲食店を横目に歩くこと10分弱。底冷えを感じる夕刻、本能公園(京都市中京区)の一隅では、薄手の長袖シャツ1枚とGパン姿の男の子が、母親らしい女性の叱咤(しった)を受けながら、懸命に逆上がりの練習に励んでいた。

 織田信長が無念の終焉(しゅうえん)を迎えた当時の本能寺は、現在の通称でいえば北は六角(ろっかく)、南は蛸薬師(たこやくし)、東は油小路(あぶらのこうじ)、西は西洞院(にしのとういん)の各通りに囲まれていた。約150メートル四方。それだけでも十分広いが、北限については倍の長さとなる三条通まであったという説もある。ならば東京ドームに匹敵する広さだ。本能公園は、その「北限三条通説本能寺」では中央やや東にある。
画像
国宝・上杉本洛中洛外図屏風(右隻)。中央下部やや左よりに戦国末期の本能寺が描かれている(米沢市上杉博物館蔵)
 当時、本能寺の周囲は堀によって囲まれ、内部にも石垣を備えた堀が巡らされていた。そして豪壮・堅固な大伽藍(がらん)とともに、軍馬用の厩(うまや)まであったという。
 生駒哲郎氏の論考「信長は、宗教をどうとらえていたのか」によると、この威容は、本能寺を本山寺院の一つとする法華宗に一向一揆や比叡山延暦寺を相手取った攻防の歴史があったためである。だからこその要塞機能であり、信長の“定宿”となった理由もそこにあるのだろう。

 《すべての人間はよこしまなものであり、自由かってにふるまうことのできる条件がととのうと、すぐさま本来の邪悪な性格をぞんぶんに発揮してやろうとすきをうかがうようになるものだ》(※)
 お師匠(マキャベリ)様(さん)は『政略論』でそう述べている。「すき=油断の排除」は戦国時代の共通認識でもあった。
 「(御)油断なく」。信長は当時の指示文書類を結ぶさいのこの決まり文句を多用している。たとえば天正9(1581)年6月1日(旧暦)、鳥取攻めを行う羽柴(豊臣)秀吉に「油断して『後悔先に立たず』に陥るべからず」などと繰り返し、「油断」を戒める書状を送っている。
 《諸侯といえども刀を携えて彼の前に出ることは決してなく、絶えず二千名余の騎馬の小姓を伴っている》
 「彼」とは信長。1569(永禄12)年、イエズス会宣教師、ルイス・フロイスが京都で信長との初対面をはたしたさいの報告書簡の一文だ。
 ところが、である。天正10年6月1日夜、宿舎としていた本能寺の広大さに反比例し、信長に従っていたのは100人いたかどうかだった。信長ともあろう者が…。
 フロイスにはこの「油断」に心当たりがあったはずだ。彼の1570(元亀元)年師走の報告によると、信長には人との交わりや人の意見を聞くことを拒否する傾向があった。唯我独尊ゆえに−ではない。それは《まったく、信長が生来純真で説得されやすいから》なのだという。
 「意外」の観がある。しかしながら過去、妹婿だった浅井長政の翻心にせよ、荒木村重や松永弾正の謀反にせよ、信長は当初その報を信じなかったり、驚いたりしていたではないか。その「純真」さゆえ明智光秀に対しても、「是非に及ばず」の言葉を発するまで、信長は疑いをさしはさまなかったのではないか−。
 《信長の政庁に、名を明智といい、元は低い身分の人物がいた。(中略)巧妙で如才なく鋭敏なことからたいそう重んじられるようになった。彼は諸人から嫌われ、裏切りを好み、残虐な処罰を行なう非道者であり、人を欺き狡猾(こうかつ)な戦術を弄することに長(た)け、気質は勇猛、築城術に精通していた。(中略)信長は(光秀に)丹波および丹後と称する二カ国を授け、比叡山の大学の全収入を与えたが、これは他国の収入の半ばを超えていた。しかし、明智はその異常さゆえにさらに多くを求め、日本君主国の主となりうるか否か試みることを望んだ》
 本能寺の変から4カ月後、フロイスが本国のイエズス会総長にあてた「信長の死に関する報告書」の一節だ。
 後年、フロイスがこれらの報告書類を『日本史』としてまとめたとき、この記述を詳しくするとともに以下の文章(一部編集)を加えている。

 《彼(光秀)は誰にも増して、絶えず信長に贈与することを怠らず、その親愛の情を得るためには、彼を喜ばせることは万事につけて調べているほどであり、彼の嗜好(しこう)や希望に関しては、いささかもこれに逆らうことがないよう心掛けた。(中略)また、友人たちの間にあっては、彼は人を欺くために七十二の方法を深く体得し、かつ学習したと吹聴していたが、ついには、このような術策と表面だけの繕いにより、あまり謀略に精通してはいない信長を完全に瞞着(まんちゃく)し、惑わしてしまった》
 「おいおい、まさかおまえはフロイスの書くことをすべて真に受けるほど甘ちゃんじゃあねえだろうな」
 お師匠様である。今回はいつにもまして目をらんらんと光らせている。
 「『人を決して欺かないという評判を取っている者ほど、人をより簡単に欺くことができる』。これはおれさまの親友、グイッチャルディーニの著作『イタリア史』のなかの言葉だが、これこそ策士だ。わざわざ『人を欺くための72の秘術を会得した』なんて口にしたらその時点でおしまいだわな。なんぼう信長がおめでたく、『謀略に精通していない』としても、そんな奴(やつ)にはだまくらかされるはずがないわ!」
 あまり認めたくはないが、「なるほど」ではある。
 「どうやらフロイスの野郎は光秀を見切ってはいねえようだ。ならばここで、真打ち登場とゆこうじゃねえか」(編集委員 関厚夫)
 ※ 中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』


*2017.12.10 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/171210/lif1712100015-n1.html)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

天気予報


コアラのマーチ


AKB48ブログ集

© AKB48ブログ集
【マキャベリ流−是非に及ばず】(53) モノトーンの肖像画/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる