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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(50)

<<   作成日時 : 2018/04/01 23:32   >>

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 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(50)秀吉編II 思え。1年で裕福になることを望み、半年で貧する愚を

 「それにしても、実に長い前フリだったな」
 ハナからなんとお師匠様(マキャベリさん)のご登場である。
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名護屋城跡から夕暮れの玄界灘をのぞむ=佐賀県唐津市(関厚夫撮影)

 「前回は名護屋城跡の話で始まったから、いつ朝鮮出兵に移り、どう豊臣秀吉の野郎を料理するのか、と手ぐすねひいて待っていたら、安土城やら天正遣欧使節やら、本題からは離れてゆくばかり。おれさまが大航海時代の話をひっさげて割って入らなければ、いったいどうなっていたと思ってるんだ!」
 「へーえ、そんな深謀遠慮があったんですねえ」と憎まれ口の一つもたたきたいところだが、痛いところを突かれているのも確かである。仕方がない、今回は直球勝負とゆくか。めった打ち覚悟で…。
 《稀有(けう)の熟慮と旺盛な才覚の持主でありながら、関白(実際は太閤)はいかにしてこのように大胆で無謀なことを企て、かつ着手しようと考え得たのであろうか。それはもろもろの中で、日本中を未曽有の不思議な驚きで掩(おお)い、人々の判断を狂わせ、考えを一点に集中させ、まるで何かにとりつかれたかのように口にせずにはおれない》
 中ほどにある「それ」が指すのは文禄の役(第1次朝鮮出兵)のこと。イエズス会宣教師、ルイス・フロイス著『日本史』の記述である。

 《領土欲というものは、きわめて自然で、あたりまえの欲望である。したがって、能力のある者が領土を求めようとすれば、ほめられることはあっても、とがめだてられることはない。しかし、能力もない者が、どんな犠牲をはらっても手に入れようとするのは、まちがいであり、非難に値する》(※1)
 お師匠様は『君主論』でそう述べている。
 フロイスにとって文禄の役を敢行した秀吉は後者の典型だった。前述の『日本史』の一節の後、フロイスは、独裁者・秀吉への畏怖ゆえ表には出てこないが、日本中が内心朝鮮出兵に反発している、と分析。また日本は軍勢や物資を輸送する船舶や航海術、大陸・半島の地理や言語の知識に欠けていること、あまりに準備期間が短いことなどを挙げて批判を展開している。
 秀吉は「唐入(からい)り」(明朝打倒)、さらに天竺(てんじく)(インド)遠征も夢見ていたが、結局、文禄・慶長の役は泥沼化した朝鮮半島内での戦闘に終始する。フロイスの指摘は説得力があるようにみえるが−。

 《戦争の結末を知る私たちの眼には、秀吉の野望は嗤(わら)うべき誇大妄想のように映る。しかし、秀吉にとっては約束された未来だったろうし、その実現可能性を頭から否定するのは、現代人の傲慢ではないか。じっさい秀吉は、戦国の世を通じてとぎすまされた武力に加えて、日本史上かつてないほどの強大な権力を保有していた。ヌルハチも同様で、ふたりはともに東アジアの辺境から勃興し、軍事を前提に編成された社会組織を背景に、中華をおそれない自尊意識をもっていた》
 村井章介氏著『分裂から天下統一へ』(岩波新書)の一節だ。ヌルハチとは、中国統一こそ孫の世祖に譲ったが、その礎を築いた清(1616〜1912年)の初代皇帝、太祖のこと。姓は愛新覚羅。ツングース系女真族の長で、民族名を「満州族」に改めた人物(異説あり)でもある。
 ならば織田信長の存在は、そのヌルハチと秀吉の自尊意識、ひいては世界観の先駆として考えるべきであろう。また、同書では続けて、《なぜヌルハチは成功し、秀吉は失敗したのか》という興味深いテーマに挑んでいる。

 《ヌルハチは毛皮等の交易を通じて、明の辺境官僚と接触する経験を積んでいた。そして、明から官職と貿易許可証を獲得しつつ、獅子身中の虫として明の体制を食い破っていった。清朝にいたっても、「八旗(はっき)」という、民族固有の制度と中華帝国の制度を組みあわせた支配体制をとっている。対する秀吉の帝国構想の内実は、国内での「国割」を大規模にしただけであり、占領した朝鮮における統治政策は、国内の単純なもちだしにすぎなかった。(中略)異文化のなかで戦うという感覚の欠如が、最大の敗因だったと思われる》
 秀吉とヌルハチとの比較は少なくとも江戸時代後期以来の伝統がある。
 《嗚呼(ああ)、太閤(秀吉)が女真族や靺鞨(まっかつ)族(ともにツングース系)の中に生まれ、十分な時間を与えられたならば、愛新覚羅氏を待つまでもなく明朝を覆していたことだろう。太閤の雄才大略は秦の始皇帝や空前の大帝国を築いた漢の武帝に似ているようで、彼らをはるかにしのいでいる。(中略)しかし、民力を酷使し、自身の子孫を絶えさせるに至った点では、太閤は始皇帝と同じである》

 頼山陽の『日本外史』の一節なのだが−と書きかけたところでお師匠様が現れた。
 「『早急すぎる勝利を望まないことが肝心だ。一年で裕福になることを望んだがために半年で貧乏になる、そんなせっかちな商売人みたいなことが、われわれに起こらないとも限らない』(※2)か…。おれさまも負け戦の前線を立て直しつつ、そんな手紙を送ったこともあったがね。書いた当人の浮世での務めがあと1年もないことなどつゆ知らずさ。笑っちまうわな」
 「…」
 「まあ、天下を取ったときには50代半ば、当時としてはすでに老境にあった秀吉に焦りがあったことは確かだわな。イエズス会のお偉いさんに『予は60歳を超えて生きることはない。だから明を征服して在世中に名声を得ることを急いで決心した』てなことを言ってたそうじゃないか。それはそうと、『日清・日露の戦争で大勝したあとでは太閤を英雄視し、太平洋敗戦の結果これを侵略者扱いにするような人物論では、ちょっと、心ぼそい』。これは桑田忠親っていうお偉い先生の言葉だが、朝鮮出兵のことのようでいて『太閤豊臣秀吉』の中の『バテレンの邪法を見ぬく』という章にあるぜ。面白そうじゃねえか。次回のテーマはこれで決まりだな」(編集委員 関厚夫)
 ※1 中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』
 ※2 筑摩書房『マキァヴェッリ全集6』所収「書簡」

*2017.11.19 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/171119/lif1711190027-n1.html)

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