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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(48)

<<   作成日時 : 2018/03/24 23:20   >>

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 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(48)秀吉編II 歴史から学べ。最強となったときに国の破滅が始まる

 JR東京駅から博多駅まで新幹線のぞみ号で約5時間。そこでJR筑肥線直通の福岡市地下鉄空港線に。途中、唐人町や加布里(かふり)をはじめ、ご当地感豊かな名前の駅を過ぎてしばらくすると群青を基調とした海岸線が続く。
 特別名勝にちなむものの残念ながら車窓からはその景色を拝むことができない虹ノ松原駅のあたりから市街地の雰囲気が漂い、計約1時間半で唐津駅に到着だ。
 そこからさらに車を走らせること約40分。波戸(はど)岬(佐賀県唐津市)の丘陵地に、目指す国指定の特別史跡・名護屋城跡がある。その敷地は甲子園球場の総面積の4倍強、約17万平方メートルもあったという。まずは一路、天守台跡へ−。
 玄界灘をのぞむ絶景が広がっていた。約25キロ先に浮かぶ壱岐島がうっすらと見える。
画像
名護屋城天守台跡から玄界灘をのぞむ=佐賀県唐津市(関厚夫撮影)

 平日の夕方近くだったからだろうか、人気(ひとけ)がない。が、16世紀末、一帯の人口は20万を超えた。そして425年前、豊臣秀吉はここを拠点に東アジアの統一を目指す文禄の役を開始する。
 《領土だけふやすことに心を奪われて、国力充実をおろそかにする者には、破滅が待ちかまえている。(中略)うまく統治が行なわれている国家にとっても、いたずらな領土拡張は、なみなみならぬ害をこうむる》(※1)

 お師匠(マキャベリ)様(さん)は『政略論』でそう警告している。老境にあった秀吉の一大失政とされ、豊臣氏滅亡の一因ともなったこの海外膨張策はイエズス会宣教師、ルイス・フロイスによると、もとは織田信長が計画していたものなのだという。
 《(信長は)毛利を征服し終えて日本の全六十六カ国の絶対領主となったならば、シナに渡って武力でこれを奪うため一大艦隊を準備させること、および彼の息子たちに諸国を分け与えることに意を決していた》
 本能寺の変から約4カ月後の1582(天正10)年11月5日、フロイスがイエズス会総長にしたためた「信長の死に関する報告書」のなかの一節である(『日本史』にも同様の記述がある)。
 また、「元祖秀吉一代記」である小瀬甫庵(おぜ・ほあん)作『太閤記』は、天正9年に秀吉が豪勢なお歳暮を携えて安土城の信長のもとに伺候(しこう)したさいの逸話としてこう伝えている。
 〈秀吉は、信長公への進物は左側に、その若君たちへの進物は右側に、というように2列で道を登らせた。その車両は200台余りもあったので、最前列が安土山上の城門にさしかかっても最後尾はまだ山の麓だった。
 この様子を天主閣から信長公とともに見ていた近習(きんじゅ)はその前代未聞の豪壮さに肝をつぶした。信長公はご機嫌がことのほかよく、笑みを含ませながら「天下無双の男よな。あの大気者は支竺(しじく)(中国とインド)を退治せよと言いつけられても拒みはしないだろう」とおっしゃりつつ、ご自分の頭をなでた〉
 信長の潜在的な大陸進出の意図を活写した、というべきか。だが、『甫庵太閤記』は『甫庵信長記』同様、「史書というよりも物語」と評されるほど創作性が高い。だいたい、天下人を目前にした信長ともあろう者が喜びのあまり自分の頭をなでつけるなど、そんな下卑た振る舞いをするのかとつっこみたくなる。
 ただ、秀吉のお歳暮が前代未聞の豪華さだったことは事実のようだ。『信長公記』にもその一部始終が記されている。とはいえ、やはり「支竺云々(うんぬん)」のくだりはない。

 一方、フロイスの報告については信を置く大家は多い。
 信長研究の権威、奥野高廣氏は『増訂 織田信長文書の研究』の「むすび」で、「戦慄を禁じえない内容」としながら「報告者が信長に何回も謁見してその文書も解読できるというルイス・フロイスであるから、この内容には迫真性がある。羽柴秀吉もこのことは熟知していたはずである。彼の朝鮮半島出兵の発想は、『上様』の言動が強く印象づけられていたためではなかろうか」と結んでいる。
 また堀新氏は「信長の構想は、どうやら秀吉に受け継がれたらしい。(中略)現実には朝鮮半島での戦闘に終始したが、秀吉は『唐(から)入(い)り』と表現しており、これが秀吉の意図をよく表している」(「信長公記とその時代」)。
 そして村井章介氏。近著『分裂から天下統一へ』(岩波新書)で、「その構想は秀吉に受けつがれ、『三国国割構想』として浮上することになる」としている。
 「信長の影を慕いて…か。でもちょいと“証人”の選択が不公平じゃねえか?」
 うむむ、お師匠様である。
 「別の信長・秀吉研究の権威、桑田忠親って先生は『太閤の手紙』や『太閤豊臣秀吉』のなかで“信長遺策説”を否定し、『秀吉の意図は、室町幕府の衰退で途絶えていた勘合貿易の復活をはじめ、日本の国力を経済的に充実するにあった。ただ問題は、当時の国力を過信し、日本に朝貢するよう明や朝鮮に求めたことだ』なんてことを言っているじゃないか」

 ここでお師匠様はどすのきいた笑みを見せ、続けた。
 「『後でその国がみずからを破滅させるために/大きくなったことに気がつくのだ。/すでに世界にその高名を馳(は)せた/アテネとスパルタは、まわりの国々を支配する権力を手にしたおり、まさにその時滅びたのだ』(※2)。われながらほれぼれするほど深遠ないい詩だ。また別に秀吉や信長の野郎どもにささげたわけでもないのにあてはまる。ということは、歴史という時間軸と地理という空間軸を少し広げて文禄と慶長の役を考えてみろや。実に興趣の深いものが見えてくるはずだぜ。いやあ、おれさまは実にいいことを言うねえ」(編集委員 関厚夫)
 ※1 中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』▽※2 筑摩書房『マキァヴェッリ全集4』から「黄金のろば」

*2017.11.05 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/171105/lif1711050025-n1.html)

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