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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(47)

<<   作成日時 : 2018/03/17 18:14   >>

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 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(47) 敬神の念おろそかとなるのは国家破滅の前兆

 《甲府・信濃勢が敗北するさいは浅間山が噴火する。2月の今度の噴火は東国の物(もの)の怪(け)の仕業だ、と古老が話していたそうな。また最近、大風や霰(あられ)、怪光に雨が逆さに降ったりと天変地異が報告されているようだが、これらは正親町(おおぎまち)天皇の祈祷(きとう)が織田信長に敵対する国の神々を一掃してしまったからで、その力は神や人間はおろか、宇宙全体をもひき従えるものなのである》
画像
正親町天皇肖像画(総本山泉涌寺所蔵)

 かなりの意訳、いや迷訳をお許しいただきたい。奈良・興福寺多聞院院主、英俊がその大部をつづった『多聞院日記』の天正10(1582)年3月23日(旧暦)の一節だ。
 背景にあるのは信長による甲斐・武田勝頼攻めである。2月中旬の浅間山噴火に前後して信長の嫡子、信忠が率いる先鋒(せんぽう)隊を中心に織田勢は武田領へ侵攻。信長の本隊が到着する前に武田軍は早くも総崩れとなり、味方から次々と裏切られた勝頼は3月11日、一族もろとも自害する。
 《国主に生まれた人間は他国を奪い取ろうとするため多くの殺生を常とする。祖父・信虎から父・信玄、勝頼までの3代、殺生の数は数千人ともいうが、計り知れない。世の盛衰や時の転変から人は逃れられない。瞬時に因果は歴然となり、事ここに至る。天を恨まず他人をとがめず、闇から闇道に迷い、苦から苦に沈む。ああ哀れなる勝頼哉(かな)》

 『信長公記』の一節だ。無常観をたたえつつ、敗者・武田勝頼にも心を寄せた名文だと思う。ただその著者、太田牛一には織田軍の破竹の進撃は正親町天皇の祈祷のおかげである、という認識はあまりなかったようだ。『信長公記』にこんな一節がある。
 《抑(そもそ)も当社諏訪大明神(諏訪大社)は、日本無双の霊験殊勝、七不思議、神秘の明神なり。神殿を初め奉り、諸伽藍(がらん)悉(ことごと)く一時の煙となされ、御威光、是非なき題目なり》
 原文のままの引用で心苦しいのだが、大意はおわかりになると思う。諏訪大社は、1万を超すとされる分社の総本社で、記紀の時代以来の歴史がある。当時は武田氏の保護下にあり、勝頼は諏訪大社の神職で諏訪の領主でもあった諏訪氏の末裔(まつえい)だった。
 その諏訪大社を煙にした(『諏訪市史』によると、この表現は少し誇張があるらしい)のは信忠。最後の一文は「神の御威光もやむをえぬ(どうしようもない)次第であった」などと訳される。再び迷訳で恐縮だが、前後の文脈からこの「威光」の主を神ではなく織田家、または信忠と解釈してみたい。とすると「織田家(信忠)の御威光は文句のつけようもないものだ」となる。ただし、いずれにせよ諏訪大明神を沈黙させたのは織田家であり、信忠であることに変わりはない。

 「『信長公記』は信長の野郎を神格化しようとする意図があちこちで透けてみえるから仕方がねえんじゃねえか。罰当たりなこったがさ」
 お師匠(マキャベリ)様(さん)だ。妙に機嫌がよさそうである。ということは何やら不吉な予感が…。
 「正親町天皇は信長の必勝を願って有力な社寺にこぞって祈祷をさせたってんだろう? ありがたいことじゃねえか。信長や秀吉は幸せ者だ。いやいや天皇という存在そのものが日本人にとっての大幸運だ。それに比べておれさまの時代の『神の代理人』たるや…。おい、ここらでちょっくら、あのチェーザレ・ボルジアを『信長になれなかった男』におとしめた教皇、ユリウス2世を説明してやれや」
 え? 何? いきなり? そんな無茶(むちゃ)な…。
 《ローマ教皇たる者がキリスト教徒の都市を攻めるために、自ら包囲軍に身を投じる、(中略)教皇は老人で、病に罹(かか)っている。しかも、快適さと逸楽の中で明け暮れして来たのである。それにもかかわらず(中略)それほど重要でない、つまらない都市の包囲を行っている。己(おの)れを軍の隊長として、労苦と危険の中に晒(さら)している。教皇たることを示すものは法衣とその名以外、何物も残されていない》
 お師匠様の親友、グイッチャルディーニが『イタリア史』で描いた、イタリア北部の城塞都市ミランドラを攻囲したさいのユリウス2世の姿(1511年)である。

 御歳(おんとし)67のユリウス2世は攻略に成功するが、その過程で城側の巨砲の標的となった。どっちもどっち、「神も仏もありゃしない」である。
 在位は10年ほどだったが、このユリウス2世ほどけんか上手で権謀術数にたけた教皇はいなかった。たとえば、フランスをはじめ欧州諸国を糾合してカンブレー同盟を結成し、「海の覇者」ベネチアの拡張政策に鉄槌(てっつい)をくらわせるや一転、今度はベネチアやスペイン勢と「神聖同盟」を結んで北イタリアに勢力を伸ばすフランスをたたいた。
 また自らは聖職売買と買収で教皇位を得ながら、就任後は聖職売買を禁止。さらにラファエロやミケランジェロをはじめ芸術家を保護し、サン・ピエトロ大聖堂の新築事業を始めたが、彼の死後、工事費をまかなうための免罪符の販売がルターによる宗教改革への呼び水となり、中世キリスト教会はカトリックとプロテスタントに分裂する。
 いやはや、功罪ともにスケールの大きさたるや…。チェーザレがこの教皇の下、抵抗らしい抵抗もできずに追放−戦死の憂き目にあったのも、うなずけるというものだ。
 「お笑い種(ぐさ)さ。ユリウスは『イタリアをフランスやスペインの野蛮人から解放する』を錦の御旗にしたが、そのご当人が枢機卿時代、フランスを口説いてイタリアに侵入させた一人だったんだからな」

 お師匠様である。故郷を語るときに見せる、冷笑と怒りが入り交じった表情である。
 「ユリウスは時勢に恵まれ勝者のまま神に召されたよ。でも教会がイタリアを一貫して分裂させてきた(※1)という惨状はかわらなかった。『国家にとって敬神の念がおろそかにされること以上の破滅の前兆はない』(※2)。それが中世以降、近代まで欧州列強の介入と簒奪(さんだつ)の舞台になったイタリアと、少々世が乱れようが、その無私の姿勢から天皇家が尊崇の的であり続けたおまえさんのところとの最大の違いだろうよ」(編集委員 関厚夫)
 ※1、2 中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』から『政略論』、一部編集


*2017.10.29 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/171029/lif1710290029-n1.html)

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