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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(28)

<<   作成日時 : 2017/11/18 22:05   >>

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 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(28)笑わせる者こそ尊い。人は元来、悪口を言う生き物だから

 「やっと利休の話になったかと思ったら『外交官・利休』だとか『商人・利休』だとか、脇道にそれる変化球ばかりじゃないか。お前も男なら正々堂々と直球勝負−『茶人・利休』を語れ!」
 お師匠(マキャベリ)様(さん)のお小言である。「だれのおかげで脇道にそれてばかりいるのですかねえ」という皮肉の言葉をのみこむ。あの利休の高弟、山上宗二(やまのうえ・そうじ)も書き残しているではないか。〈茶の湯者が朝な夕なに唱えるべき言葉は一に志、二に堪忍、三に器用(上品で優雅なさま)である〉と。
 堪忍堪忍、ならぬ堪忍するが堪忍−である。
 〈客人としての心得は大方一座建立(おおかたいちざこんりゅう)(亭主=主催者と客が一体感を覚える充実した茶会となること)にある。これにはいろいろ密伝が多く、武野紹鴎(じょうおう)(利休の師)が初心者のために語り残している。ただし利休はこの教えを嫌っており、種々夜話の茶事のさい、珍しくその理由について次のように述べた。日常の付き合いがある間柄といえども、また新しい茶道具のお披露目や最も重要な口切りの茶事はもちろん、ふだんの茶事であっても、最初から最後まですべて一期(一生)に一度きりの参会のように亭主を注視し、畏敬すべし。またこのとき、公務の話や世間話などはいっさい無用である〉
画像
「千利休屋敷跡」で=堺市堺区(関厚夫撮影)

 『山上宗二記』で宗二は師・利休の茶人としてのたたずまいをそう伝えている。一期一会。3世紀後、徳川幕府大老(彦根藩主)、井伊直弼(なおすけ)はこの精神を『茶湯一会集(ちゃのゆいちえしゅう)』でそう表現し、いまではこの言葉で知られるようになった。
 茶聖・利休は織田信長に外交官・商人としても才を見込まれた。さらに豊臣秀吉は、よく知られているように死を命じる直前まで利休を側近中の側近として重用した。
 九州の名族・大友氏が残した史料によると、「豊臣政権の内々のことは宗易(そうえき)(利休)、公務については豊臣秀長殿(秀吉の弟)が存じておられる」と評されるほどだった。これに“本務”の茶事や茶器の目きき(鑑定)が加わる。信長の茶頭(さどう)となって以降、利休は次第に多忙をきわめるようになっていった。
 〈今は暇がなく、面白くありません。京都の北、紫野のあたりで茶の湯をしたいという気持ちばかりです〉
 晩年近くとみられる利休の手紙の一節である。また『山上宗二記』によると、利休はいつも、《けがさじとおもふ御法(みのり)のともすれば 世わたるはしと成るぞかなしき》という明恵(みょうえ)上人(鎌倉時代の華厳宗の高僧。茶の栽培を始めたことでもしられる)の和歌を口ずさんでいたという。

 「御法」とは仏法のことだが、利休にとっては「茶の湯道」にほかならない。また「はし」とは「橋」か「階(はし)」か。いずれにせよ「方便」の意味だろう。宗二は〈利休をはじめ、われらまで茶の湯を身過ぎ(生活の手段)にしてしまっていること、口惜しき次第なり〉と続けている。
 これらが伝えるのは真摯(しんし)な芸術家としての利休である。ところがどっこい−。
 〈酒樽(さかだる)や鯛をお贈りくだされ、かたじけない次第でございます。鴈(がん)の塩漬けなど下されてもいりません。もしも銀子(ぎんす)などございましたら一折いただけますでしょうか。とりわけ馬のこと、いろいろと心配りをいただきかたじけなく思います。同じことなら銀についてもがんばって下さいませ。お待ちしております〉
 天正十年代の半ばごろ、利休が弟子にあてた手紙の意訳である。その数年前には知人に〈筆(あるいは手紙)をこまごまとお贈りいただくときに銀を添えられたなら、より申し分ありません〉などとつづっているほか、「米が足りないので」と無心しているような書状もある。さらに…。

 《平人(普通の人)、宗易をその儘(まま)似せたらば邪道と云々(うんぬん)。茶湯にてはあるまじき者なり。ただし宗易に骨を砕き身を砕くか、又(また)は金銀を山と積むか、別して気に入りたらば、(中略)様々(さまざま)に茶湯相伝たる者なり。かくの如(ごと)き心持ちならば、上手なるべき事、眼前か》(『山上宗二記』)
 「又は金銀を山と積むか」とある。『全文全訳古語辞典』によると、接続詞の「又」には「および」(並列)「その上に」(添加)「あるいは」(選択)と、異なる3つの意味がある。ここが古文読解の難しいところだが、もし「選択」の意味だとすると、利休に身も心もささげなくとも金銀さえ積めば、「茶の上手」になれるとの解釈も可能ではないだろうか。
 おいおい、利休がだんだん茶「聖」というより、金に目がない「がめつい奴(やつ)」に見えてきたぞ−などと考えていると、お師匠様が現れた。
 「『おいおい』と言いたいのはこっちの方だ。お前は本当に笑都(しょうと)・大阪の出身か? 『笑(わら)かし』に決まっているじゃないか。『お客様を楽しませようと思うなら、笑わせることが必要だ』とはおれさまの喜劇『クリツィア』(※1)の前口上だが、当時、利休ぐらい手紙で人を笑わせよう、楽しませようした数寄者(すきしゃ)はいないんじゃねえか」

 声には出さねど、「本当ですかねえ」といぶかる筆者を前に、いつになくごきげんなお師匠様は続けた。
 「『お贈りの好物をおいしくいただきました。罰があたってお腹(なか)を下しましたらそちらに薬を取りにゆきます』とは、お前のいう『知人』と同一人物とみられる豪商にあてた手紙だ。別の友人には茶事に招かれた礼状に『われながらあほうの名が高くなりそうです』と『自虐ユーモア』まで披露しているじゃないか。このあたりは今も昔もお前のような野暮天(やぼてん)には理解できないんだろう。だから、『山上宗二記』にしても悪いように悪いように解釈する」
 「…」
 「まあおれさまの別の傑作喜劇『マンドラーゴラ』の前口上にいう『人はみな見聞きすることの悪口言うのがならいゆえ』(※2)というのも真理だがね。なんだ、『やけに利休にくわしく、その肩をもつな』ってな顔をしているじゃないか。おれはな、利休という男を見ていると、身につまされるんだよ」(編集委員 関厚夫)
 ※1、2 筑摩書房『マキァヴェッリ全集4』

*2017.06.18 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/170618/lif1706180009-n1.html)




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