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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(23)

<<   作成日時 : 2017/07/02 21:15   >>

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 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(23) 武装せる予言者はみな勝利を占め、備えのない予言者は滅びる

 前回はまたしてもお師匠(マキャベリ)様(さん)の横暴に涙をのむかっこうとなった。意固地の気味がないわけではない。また師弟ともにその方面にあまり縁と才能がないのが気のひけるところだが、金銀やお宝にまつわる“ノブナガノミクス余話”についてもう少し話をしてゆきたい。
 《堺は日本の最も富める港にして国内の金銀の大部分集まる所なり》
 これは日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルが1549(天文18)年11月5日(陽暦)、マレー半島に君臨するポルトガル王国マラッカ長官に送った書簡の一節(『耶蘇(やそ)会士日本通信 豊後篇(へん)上巻』)だ。
画像
南蛮屏風(江戸時代、堺市博物館蔵)

 〈京の都から堺まで陸路で2日。万物の創造主たる神デウスがお許しになるならば、ここ堺に商館を建設し、長官と国王に多大な利益をもたらさんことを〉
 書簡でザビエルはそんな「期待」を表明している。
 その堺に織田信長が2万貫(現代に換算すれば十数億〜20億円)の矢銭(やせん)(軍費)を要求したのは永禄11(1568)年の秋。まもなく室町幕府の15代将軍に就任することになる足利義昭とともに美濃から念願の上洛(じょうらく)を果たした余勢をかってのことだった。

 同時期、大坂の石山本願寺には信長から5千貫の矢銭が要求され、本願寺側はとりあえずこれに応じた。一方、豪商で構成され、堺の自治を担う会合衆(えごうしゅう)は支払いを拒否する。驚いたことに信長はここでいったん堺から手を引く。その理由としては、《堺の富を四散させることを怖(おそ)れ》(青柳勝氏)たとも、《堺の服従は時間の問題だと知っているからである》(奥野高廣氏)とも言われる。
 《日本の最大市の一なる自由都市堺》−宣教医(師)、アルメイダの記述である。
 《いかなる力も屈服させることができず、どれほどの時間も摩滅できず、またいかなる価値も匹敵しえない、この自由という言葉が、このような都市にとってどれほど重要で、どんなに強力なものであるか》(※1)とは、まるで堺のことについて記したかのようなお師匠様の『フィレンツェ史』の一節だ。覇王・信長に対する堺の面目躍如−と言いたいところなのだが…。

 今井宗久。この堺の新興豪商は会合衆の決定とは一線を画す単独行動に出る。「侘(わ)びの境地を確立した」とも評される茶人であり、宗久の岳父でもある武野紹鴎(じょうおう)ゆかりの茶器の逸品「松嶋の壺」と「紹鴎茄子(なすび)」(ナス形の茶入れ)をすかさず信長に献上し、よしみを取り結ぶのだ。

 またあろうことか、「矢銭支払い拒否宣言」の舌の根も乾かない翌永禄12年春、堺は信長に屈する。
 戦国期の堺はその財力を背景にして、めまぐるしく変わる畿内の覇者や有力武家と結びついてきた。その軍事力を用心棒代わりにするためだった。信長が上洛してきたときには、畿内から追われた後、本拠地の阿波で再起を期していた反信長派の「三好三人衆」に頼ろうとした。
 しかし12年早々、堺を拠点に京を目指して反攻を企てた三好三人衆が信長勢によって撃退されると、形勢は一変。〈会合衆らは将来、堺が浪人衆を入れて反抗せざることを信長に誓い、かつ二万貫を進めて陳謝し〉(『堺市史』)、堺は信長の直轄地となる。
 「ふあーあ。眠気を誘うような講釈はそろそろ終わりにしようぜ」
 何という緊張感のなさだ。あくびをしながら登場するとは! 師弟の間とはいえあまりの無礼に開いた口がふさがらない筆者を横目でながめながらお師匠様は続けた。

 「何を顔を真っ赤にして口をぱくぱくしているんだい。そんな金魚のまねごとをするひまがあるならもう少しおれさまの『政略論』を勉強しな。『まず自分自身の実力をはからなければならない。そして、相手を敵にまわして堂々と戦っていけるだけの確信がもてるほど自分の実力が充実していれば、当然戦いに突入しなければならない。これこそ危険の少ない、誇り高い行動といえる。ところが、相手と戦うにはどうしても実力が不足しているばあいには、あらゆる手段をつくして相手と友好関係をとり結ぶように努力しなければならない』(※2)とあるだろう。堺は誇り高く、かつ現実的だったということだよ」
 ちょっと待て。後半部はどこかで聞いたことがある…。そうだ! 2カ月前、「信長になれなかった君主(プリンス)」のチェーザレ・ボルジアを語っていたときの二番煎じ、体のよい手抜きではないか! これはひと言いっておかねば−。
 「師匠(マエストロ)!」
 そう声をあげたはよいが、勢いあまって一瞬言葉に詰まったところをこの野郎−いやお師匠様は見逃さなかった。
 「少々言うことがかぶったからってそう目くじらをたてるもんじゃないよ。あまり重箱の隅ばかりつついていると人間が小さくなるぜ」

 「何という詭弁(きべん)…」
 「まあまあ、落ち着けよ。おれさまは『君主論』にこう書いている。『自分の仕事を達成するために、援助を乞う必要があったか、それとも自力でやれたか。援助を乞うばあいには、かならず災いが生じて、なにひとつ達成できない。反対に、自分だけで力を発揮したときは、窮地におちいることはめったにない。だからこそ、武装せる予言者はみな勝利を占め、備えのない予言者は滅びるようなことが起きたのだ』(※3)とな」
 ここまで話すとお師匠様は珍しく柔和な表情になった。
 「宣教師どもはベネチアと比較しているらしいが、おれは堺をみていると故郷(くに)のフィレンツェを思い出してならないんだよ。国境を超えて富が集まり、自由の空気に満ちている−。フィレンツェもそうだった。そして国の守りは金で買えるものと考え、滅んでゆく武装を軽んじた都市。フィレンツェもそうだった…」(編集委員 関厚夫)
 ※1 筑摩書房『マキァヴェッリ全集3』
 ※2、3 中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』 ともに一部編集

*2017.05.14 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/170514/lif1705140025-n1.html)

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コメント(1件)

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フランシスコ・ザビエルは日本では大変有名な人ですよね。サンフランシスコ。ザビエルって言ってる人がかなりいると思うけど。
井出浩司
2017/07/03 07:20

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