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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(11)

<<   作成日時 : 2017/03/18 23:01   >>

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 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(11)善人は破滅する。他人の邪悪な嫉妬心に打ち勝つ策を知らぬからだ

 前回の最終盤に引き続き、お師匠(マキャベリ)様(さん)は今回、のっけから少々ご機嫌斜めである。
 「せっかく『民主主義』、ひいてはおれの故郷フィレンツェについて大いに語ってやろうと思っていたのに、お前が余計なことばかり言っているから前回、そこにゆきつかなかったじゃないか。そもそも、この連載は『マキャベリ流』だろう。主役のおれをさしおいて奴(やつ)の、織田信長の話ばかりするのはおかしいとは思わんのか」
 上司、もといわが師といえども誤謬(ごびゅう)は正さねばならぬ。それが新聞記者(ジャーナリスト)の務めだ。筆者は勇を鼓して口を開いた。
 「いえいえ題名をよくごらんください。『マキャベリ流−是非に及ばず NOBUNAGA』です。信長は立派な主役の一人です。だいいち『信長って野郎に興味がある』と言っていたのは師匠(マエストロ)、あなたではないのですか」
 返ってきたのは、予想通りの無理筋だった。
 「そのとおりだよ。でもな、話には『旬』というものがある。だからおれが前々回、せっかく『トランプ大統領誕生』にひっかけて『民(たみ)の主(あるじ)だが民主的な信長』というお題を出してやったというのに、なんだお前は。それを素通りして『天下』やら『世間』やらと、脇道にばかりそれやがって。そんなことはどうでもいいから、少しおれの故郷の話をさせろ」

 のど元から「その強弁。トランプ大統領はだしですねえ」との言葉が出かかった。が、万難を排してこの連載を続けなければならないという義務感、また「三尺(歩)下がって師の影踏まず」という古来の美徳が、おしとどめた。
 是非に及ばず−である。

 《フィレンツェは、常に法の不備を市民の力量でおぎなってきた。しかしこの時期、最も優秀な者たちは公職を敬遠していた。民衆の嫉妬にいや気がさし、不満を覚え、かつおびえて、智恵や金銭を共和国に捧げようとは思わなくなっていた。(中略)政庁を、きわめて短い任期で、抽選によって選ぶという変わった方法は、能力も知識もない者たちを統治にあたらせ、かつ任務に熟練しないうちに解任してしまうのを恒例にしていた。これら様々の欠陥が当時の様々の苦難をもたらしていたのだ》
画像
フィレンツェ・ヴェッキオ橋周辺の幻想的な遠景=(c)Fototeca ENIT(イタリア 政府観光局提供)

 師匠びいきでは人後に落ちないロベルト・リドルフィの『マキァヴェッリの生涯』(岩波書店)の一節だ。その「きわめて短い任期」とは2カ月。年に6度、自動的に国のトップが総入れ替わりしていたのだ。すでにイタリア戦争(戦国時代)が始まっていた1500年前後のフィレンツェの政治状況である。
 「学校のクラス委員だってこんなにくるくると変わりはしないだろう。それを国として戦国期にやってたんだ。あきれたもんじゃねえか。後にはこんなものを“民主主義の理想”ともてはやした輩(やから)もいたらしい。ばか言うのもほどほどにしろってんだ」

 確かに師匠でなくてもそう毒づきたくなる気がする。フィレンツェ人もさすがにその愚に気付き、1502年、ピエロ・ソデリーニを「終身執政長官(ゴンファロニエーレ)」に選んだ。彼から異例の重用を受けたおかげで、わが師匠は八面六臂(ろっぴ)の活躍をみせる外交官として知られるようになり、『君主論』をはじめとする著作の材を得ることができた。以下は、そんなソデリーニ長官に対してわが師が贈った言葉である。
 《ピエロ・ソデリーニは、事に対処するにあたってすべて人間味と忍耐でおしとおした。彼の行き方が時代にかなっているあいだは、ソデリーニもフィレンツェもはなやかであった。しかし、その後時勢が移って、忍耐も謙譲もかえりみられない世の中になってしまうと、手のほどこしようもなくなり、祖国もろとも破滅してしまった。 
 つまり、彼は時は待ってくれるものではなく、善良な人柄だけでは足りないこと、運命(フォルトゥナ)は変化すること、嫉妬でいがみあう邪悪な心はどんな贈り物をしても、穏やかな気持にはならないことをわきまえていなかったのである。彼が破滅の道をたどった原因は、この嫉妬心を克服する策を知らず、また能力がなかったことによるのである》(※1)
 「ちょっと待ってください。ソデリーニは師匠の恩人でしょう? なんぼなんでもちょっと冷たすぎやしませんか」
 思わず問いかけると、まず「それが歴史家というものだ」とぴしゃりとのたまい、「いつでもきまった手しか打てない人間は、時勢が変わってそれまでの方法が通用しなくなると破滅するしかない。理由はまず、生まれ持った性格。次にいったんある方法を用いて成功した者に今度は別の方法を採用したほうがうまくゆくと信じさせるのは至難であること−だが、これは個人だけじゃない、国家についてもまったく同じことだ」(※2)とたたみかけてきた。そして−。
 「いまの時代に比べたら当時のフィレンツェ共和国の民主主義は制度的にはお粗末なもんさ。だが、《共和国は時代に応じて法律を変えることをしないから失敗するのである。しかも共和国のばあい、君主国にくらべ遅々とした変革しかできない。しかもより多くの困難を伴なう》(※3)という一節はわれながらいまでもなお、真をうがっていると思うぜ」
 いつにもましてすごみのある冷笑を浮かべたお師匠様はここで、まず筆者を、次に遠くを見つめながら続けた。

 「『ソデリーニ時代』はそれでも10年続いた。が、所詮は時代のあだ花だった。あのとき、おれたちに必要だったのは、治世のソデリーニではなく乱世の信長だったんだよ。独裁者のようでいて『世間の顔付き』を見るに敏、宣教師、フロイスが『日本史』に《戦争においては大胆であり、寛大、かつ才略に長(た)け、生来の叡知(えいち)によって日本の人心を支配する術を心得て》いた−と記した信長のような、民の主でありながら主は民とも心得ていた君主とかリーダーとか言われる存在がな」
(編集委員 関厚夫)

※1 中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』所収『政略論』。一部編集
※2 同。一部編集、要約
※3 同。訳文のまま引用

*2017.02.19 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/170219/lif1702190010-n1.htm

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昨日のG20なんか見ると、自由貿易危ないかも。
井出浩司
2017/03/19 04:37

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