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zoom RSS 【マキャベリ流−是非に及ばず】(8)

<<   作成日時 : 2017/03/04 16:13   >>

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 日本史に関する記事では定評のある産経新聞、今回は数々の著作もある論説委員の関厚夫さんが、マキャベリをとおして日本史を語ります。必見です。

NOBUNAGA(9)もしも織田信長が上司ならどうなってしまうのか…

 就任前に輪をかけて世界と世間を騒がせているトランプ米大統領が誕生して半月。強烈な個性−攻撃的でツイッター介入を繰り返し、予測不能。こんな人がいきなり上司として乗り込んできたらたまらんだろうな、と思う。
 では、織田信長が上司だったらどうだろうか。
 ワンマン。峻厳(しゅんげん)で苛烈。能力主義。それでいて人情に厚いところやどこか甘い、坊ちゃん的なところ(これら意外な性格についてはまた後日)もある。ただ、上司・信長に仕えたさい、まず辟易(へきえき)させられるだろうと思うのは、その細かさである。指示にしろ報告にしろ、微に入り細をうがった要求をしてくるのだ。
 「お呼びかな」
 ちょっと待て。だれがあんた、いやいや貴方(あなた)を呼んだりするものですか、お師匠(マキャベリ)様(さん)。貴方のほうでいつも勝手に割り込んでくるくせに。
 −と、言いたいところを、いつものようにぐっとこらえる。ただお師匠様の方も、しばしの我慢を。少しだけ上司・信長の細かさについて実例を挙げながら説明させてください…。
 「鳥取の件、一気に攻め崩すべきとの趣旨、誠にもっともなことである。ならば前回の書面に詳しく指示したごとく完璧を期すように。小敵だと侮って深追いし、千万に一つでも勝機を逃すようなことになれば、外聞でも実際問題でも四方にきわめて悪影響をおよぼす。念には念を入れて指揮し、確実の上にも確実に攻撃を行うこと。そのために時間を割き、多少攻撃が遅くなったからといって苦しゅうはない。それよりもこの手紙の指示を朝(あさ)な夕(ゆう)な守り、油断なく計画を立てることこそが肝心。それゆえくどくどと申し聞かせている」
画像
「信長公出陣の像」=愛知県清須市の清洲公園(関厚夫撮影)

 信長から「羽柴藤吉郎(後の豊臣秀吉)との」への黒印状(私的な指示書)の要約である。ときは天正9(1581)年6月(旧暦)。4年前に西国の雄・毛利氏の牙城である中国地方の平定に向かった長浜城主・秀吉は、すでに播磨や但馬を攻略し、鳥取にも進撃していた。

 いまや秀吉は麾下(きか)でも最有力の武将の一人である。ところが、その秀吉に対してさえ信長は手取り足取りさながらに指示を出し、「24時間忘れるな」などと命ずる。さすがの秀吉も大変だったろうが、その矛先は他の重臣にも向けられていた。

 「明智光秀は天下に面目を施した。次に羽柴藤吉郎は数カ国を切り従えるという比類のない働きをした。池田恒興(つねおき)は小身だが、花熊(はなくま)(隈)城攻略によって天下にその名を知らしめた。越前国の柴田勝家は、同僚のめざましい働きを耳にするや、このままでは天下の評判が芳しくなくなると考え、この春にはさらに加賀国を平定した」
 それなのにお前は何だ! というのが、30年以上仕えてきた家老格ともいえる宿将、佐久間信盛に対する信長の叱責である。天正8年8月のことだった。
 まず信長は、大坂の石山本願寺攻略を任せたにもかかわらず、信盛が武士らしく戦うわけでもなく、策略を駆使して敵方の内部分裂を図るわけでもなく、だらだらと5年を過ごしたことは、「無分別で未熟」と断罪する。
 加えて7年前に勝家や秀吉らを含めた同座の重臣を叱責したさい、信盛は「われわれほどの家臣を抱えることはできません」などと信長の面前で口答えしたくせにふがいなく事ここに至ったこと、過去に「比類なき働き」と言われるほどの戦功がないこと、この5年間、本願寺調略について報告・相談がなかったことなどを次々に列挙。果てには「物わかりよく装い、上っ面を飾る一方で、真綿に隠した針に触れさせるような人あしらいをしている」とその陰険さを指弾している。

 信長の言う「口答え」は信盛にしてみれば「涙の諫言(かんげん)」だろうし、10を超える叱責の一つ一つに彼なりの言い分もあったにちがいない。
 しかし、上司・信長は弁明を許さなかった。彼が与えた選択肢は「この大恥を雪(そそ)ぎたければ、独力でどこぞの敵を平定した後でもう一度わしの前に現れるか、その戦中に討ち死にするか。または頭を丸めて高野山に退去するかのいずれか」だった。信盛は、「第一に欲深く、品性下劣。よい人材を召し抱えず、怠慢」として同様に弾劾された息子、信栄(のぶひで)とともに身一つで高野山へと向かう。
 信盛だけではない。同じころ、家老の林秀貞をはじめとする4人が「遠国追放」の処分を受けている。その理由は「先年、信長公逆境のさい、謀反の心をもった」(『信長公記』)ことだった。
 「うーむ、信長なんかを上司にもったらこりゃあえらいことですな」とお師匠様に話しかけたら、いきなり「ばかやろう」とお叱りを受けた。
 「おれが『君主論』のなかで、君主の条件として《力またははかりごとで勝利をおさめること、民衆から愛されるとともに恐れられること、兵士には命令を守らせるとともに尊敬されること、君主に向かって危害を加えうる、あるいは加えそうな連中を抹殺すること、古い制度を新しい方法で改革すること、厳格であるとともに丁重で、寛大で、濶達(かったつ)であること、忠実でない軍隊を廃して、新軍隊をつくること》(※)と列記しているのに読んでないのか。信長は君主として、またお前のいう『上司』としてこれらを見事に実行していたということじゃないか」
 「とはいえ、あまりに口うるさくて執念深い。何より、ワンマンすぎやしないですかねえ」。筆者が思わず口答えをすると、お師匠様はいつもの冷笑をうかべた。

 「ワンマン? 民意をくみ上げ、その期待に応え、成果をあげていたという点では信長って野郎は『民(たみ)の主(あるじ)』−君主でありながら、結構、民主的だったと思うがな。少なくともおれが宮仕えをしていたフィレンツェ共和国の“民主主義者”よりはよっぽどましだ。なんだ、けげんな顔をしているな。ヒントをやろう。『天下』に『外聞』だよ」(編集委員 関厚夫)
 ※中央公論社『世界の名著21 マキアヴェリ』

*2017.02.05 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/170205/lif1702050034-n1.html)

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こういう上司は絶対さぼれないけど、一生懸命働いて結果出す人には最高ではないか。秀吉、光秀ほかの武将も、どこか行くにしても前泊したらい、ついでに一泊とかしなかったみたい。本で読んだ。ばれると首飛ぶしね。
井出浩司
2017/03/04 19:18

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