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zoom RSS 【敗者烈伝】〜織田信長(上)過信の果てに迎えた「本能寺」 作家・伊東潤

<<   作成日時 : 2016/05/29 13:00   >>

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 産経新聞で作家の伊東潤さんが日本史の敗者に光を当てる素晴らしい歴史エッセーを連載しています。

 歴史上、敗者という称号が最も似合わない敗者こそ、織田信長だろう。想定外の謀反によって殺されたので、信長を敗者と呼ぶのは酷かもしれない。それでも信長は敗者だと主張したい。信長は自分自身という大敵に敗れたからだ。
 天文3(1534)年、信長は尾張国で生まれた。父の信秀は尾張守護代・織田大和守家の一奉行(家老)にすぎなかったが、次第に力を蓄え、守護代家はもとより、守護の斯波(しば)氏も凌駕するほどの勢力基盤を築いていった。その理由は、津島や熱田を拠点として伊勢湾交易網を掌握したことにある。
 後に信長が、上洛してすぐに摂州堺を支配下に置いたり、大坂から本願寺を追い出そうとしたりするなどして、海上交易の要衝に強い関心を示したのも、幼い頃から、その生み出す富の大きさを知っていたからだろう。
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岐阜市制120周年を記念し平成21年に建てられた黄金の織田信長像=岐阜市(竹川禎一郎撮影)


 ところが天文20年、信秀が42歳という若さで病死する。これにより家督を継いだ信長と、尾張国内の織田家諸勢力との衝突が始まる。それを苦闘の末に破った信長は、永禄元(1558)年に尾張を統一した。さらに永禄3年5月、「海道一の弓取り」と謳(うた)われた今川義元を桶狭間で討ち、歴史の表舞台に登場する。
 この戦いの勝因は、信長が迷いなく義元の本陣を突いたことにある。事前に正確な情報を掴んでいたからできたことだろうが、そうした思い切りのよさこそ、若き日の信長の真骨頂である。

 永禄10年、信長は美濃国を平定し、伊勢国にも進出を果たした。翌11年には、流浪の身であった足利義昭を奉じて上洛を遂げる。尾張と美濃の領国統治も不十分な出来星大名の信長が、この機を逃さず上洛を果たしたことも、無類の決断力の賜物だろう。
 人生において、チャンスは何度もめぐってこない。これがチャンスだと思ったとき、それをグイと掴めるかどうかが、その人の生涯を決定する。たいていの人は言い訳を考え、リスクのある道に踏み出さない。しかし信長は勝負どころと見極めれば、ためらわず踏み出していける。そこが凡人と違うのだ。
 ところが上洛後、信長と義昭の関係は悪化の一途をたどる。自らが傀儡(かいらい)将軍にすぎないことを覚った義昭は、越前の朝倉義景に御内書を出し、信長討伐を命じた。
 これを知った信長は、元亀元(1570)年、義昭に「五箇条の条書」を突き付けると、機先を制すべく越前に出陣する。
 しかし越前に進撃したものの、背後の北近江を押さえる浅井長政に寝返られ、窮地に陥る。この時は何とか危機を脱するが、義弟の長政を敵に回したのは痛恨事だった。
 長政は織田家との同盟締結にあたり、既に浅井家と同盟関係にあった朝倉家を攻めないという条件を付けていたという。つまり、それを踏みにじって越前に攻め入ったのだから信長が悪い。これは後の本能寺の変にも共通することだが、猜疑心(さいぎ)が強い割には、慎重さに欠けるのも信長の欠点の一つである。

 また、よく裏切られるのも信長の特徴の一つで、上洛後だけでも、足利義昭、浅井長政、本願寺、松永久秀、三好義継、富田(とだ)長繁、荻野直正(赤井悪右衛門)、波多野秀治、内藤定政、別所長治、荒木村重といった一度は信長に属した有名無名の者たちが、次々と反旗を翻している。それらの要因を自責で考えなかったがために、信長は本能寺の変で横死することになったとも言える。つまり本能寺の変は、経験から学んでいれば防げた可能性が高いのだ。
 慎重に物事を考えること、失敗から学ぶこと(学習能力)、自責で考えることが、いかに大切かを、信長は教えてくれている。(次回に続く)

【用語解説】織田信長 おだ・のぶなが 天文3(1534)年、尾張(現愛知県)の戦国大名、織田信秀の嫡男として生まれる。家督相続以降、一族の争いを制して尾張を統一し、今川義元を桶狭間の戦いで破る。以後、美濃を征服し、将軍、足利義昭を追放して室町幕府を滅ぼす。浅井、朝倉、武田など敵対する有力大名や仏教勢力を打倒し天下統一を目前とするが、天正10(1582)年に家臣、明智光秀の裏切りにあい、本能寺で自刃した。

【プロフィル】伊東潤 いとう・じゅん 昭和35年、横浜市生まれ。早稲田大卒業後、外資系IT企業勤務、コンサルタントなどを経て、平成19年に「武田家滅亡」で文壇デビュー。25年、「巨鯨の海」で山田風太郎賞受賞。
 本連載は月刊「J−novel」(実業之日本社)に掲載された作品のダイジェスト版です。

*2016.01.28 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/160128/lif1601280039-n1.html)

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人間は走ってる時、すべてに注意はできないよね。
井出浩司
2016/05/30 06:05

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