モノトーンの肖像画

アクセスカウンタ

zoom RSS 【敗者烈伝】〜徳川慶喜(上)「思いつき」連発で政局混乱も性癖を顧みず徳川家を滅亡の淵へ 作家・伊東潤

<<   作成日時 : 2016/05/08 13:59   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

 産経新聞で作家の伊東潤さんが日本史の敗者に光を当てる素晴らしい歴史エッセーを連載しています。

 徳川慶喜ほど評価の難しい敗者はいない。なまじ頭がいいので、何事もすぐに理解できる。しかし何か閃(ひらめ)くと、反射的に判断してしまう。そうした思いつきの繰り返しが、後で取り返しのつかないことになっていくのだが、慶喜は、その性癖を顧みようとはしなかった。それが結局、政局を混迷に陥れたあげく、徳川家を滅亡の淵(ふち)にまで追い込んでしまうのだから罪は重い。
 天保8(1837)年9月、慶喜は水戸徳川家9代藩主・斉昭の七男として生まれた。弘化4(1847)年には、後嗣の絶えた一橋家10万石を相続する。
画像
徳川慶喜=東大法学部明治新聞雑誌文庫所蔵
(東大史料編纂所古写真データベースから)

 慶喜が少年から青年にかけての頃、日本には外国船の来航が相次いでいた。中でも嘉永6(1853)年にやってきたペリー艦隊は、強硬に開国を要求してきた。幕閣はこの圧力に抗しきれず翌年、日米和親条約を締結する。こうした情勢変化により、幕閣は次期将軍候補を早めに決めておこうとなる。そこで一橋慶喜の名が浮上してくる。対立候補は、紀州和歌山藩主の慶福(よしとみ)だが、慶福は8歳にすぎず、17歳の慶喜が有力視された。
 ところが安政5(1858)年4月、大老に就いた井伊直弼(なおすけ)により、日米修好通商条約の締結と慶福の継嗣決定が、突如として発表される。6月には、米国との間で調印が行われ、7月には、13代将軍家定が死去したことを受けて、慶福が家茂と改名して将軍となった。

 ところが、勅許を得ずして条約に調印したことを怒った孝明帝とその廷臣たちは、これまで幕府を通して諸藩に通達していた勅書を直接、水戸藩に下す(戊午(ぼご)の密勅)。これが井伊の怒りに火をつけ、安政の大獄が始まった。
 この時、朝廷に対する井伊の非礼を詰問した慶喜は、謹慎に処せられる。ところが安政7年3月、江戸城桜田門外で井伊大老が暗殺された。これに驚いた老中らは、孝明帝の妹の和宮を将軍家茂に降嫁させ、朝廷との融和を図ろうとするが、この代償として、日米修好通商条約の破棄と攘夷実行を約束させられた。
 文久2(1862)年4月、薩摩藩主の父・島津久光は、上洛の上、勅使を連れて江戸に下り、既に謹慎を解かれていた慶喜の将軍後見職就任と、松平春嶽(しゅんがく)の政事総裁職就任を幕府に認めさせた。これにより、慶喜は政治の表舞台に登場する。
 文久3年1月、慶喜は初めて上洛を果たすが、朝廷は長州・土佐両藩に牛耳られており、逆に攘夷実行を迫られる始末だった。これに慶喜と春嶽は抗しきれず、上洛予定の将軍家茂に対して攘夷を要請すると約束させられた。
 結局、家茂も攘夷に同意し、慶喜は5月10日を攘夷期限とする約束をする。
 5月初旬、江戸に戻った慶喜は、老中たちから突き上げを食らい、将軍後見職を辞すことになる。10日には、長州藩が下関海峡を通る外国船を砲撃、さらに7月2日には、前年の生麦事件の報復として薩英戦争が勃発する。

 そんな最中の8月18日、薩摩・会津両藩によって文久の政変が仕掛けられ、長州藩とその与党は、尊攘派公家7人とともに京都から追い落とされる(七卿落ち)。

 将軍家茂の要請により復職した慶喜は、11月に上洛を果たし、島津久光、伊達宗城、松平春嶽らとともに参預会議を催すが、長州の処置をめぐって島津久光と対立する。その揚げ句、泥酔した慶喜が参預たちを罵倒するに至り、あっけなく参預会議は崩壊する。この一件で薩摩藩は公武合体策を捨て、倒幕へと傾いていくのだから慶喜の罪は重い。=「下」は1月7日に掲載します。
【用語解説】徳川慶喜
 とくがわ・よしのぶ 天保8(1837)年、水戸藩主・徳川斉昭の七男として生まれ、御三卿の一橋家を相続し一橋慶喜を名乗る。13代将軍家定の後継に浮上するが敗れ、将軍後見職に。14代将軍家茂の死後、15代将軍に。幕政改革で薩長に対抗しようとするが慶応3(1867)年に大政奉還。翌年、江戸城を明け渡し駿府(現静岡市)に隠せい。その後は趣味に生きた。大正2(1913)年、死去。
【プロフィル】伊東潤
 いとう・じゅん 昭和35年、横浜市生まれ。早稲田大卒業後、外資系IT企業勤務、コンサルタントなどを経て、平成19年に「武田家滅亡」で文壇デビュー。25年、「巨鯨の海」で山田風太郎賞受賞。
 本連載は月刊「J−novel」(実業之日本社)に掲載された作品のダイジェスト版です。


*2015.12.24 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/151224/lif1512240010-n1.html)

*「敗者烈伝」が実業之日本社から単行本として発売されます。ご購入はこちらからどうぞ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
僕には中途半端な向上心の人にしか思えないけどね。
井出浩司
2016/05/08 21:18

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

天気予報


コアラのマーチ


AKB48ブログ集

© AKB48ブログ集
【敗者烈伝】〜徳川慶喜(上)「思いつき」連発で政局混乱も性癖を顧みず徳川家を滅亡の淵へ 作家・伊東潤 モノトーンの肖像画/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる