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zoom RSS 【敗者烈伝】〜豊臣秀次(上) 「天下人の甥」の微妙な立場 作家・伊東潤

<<   作成日時 : 2015/12/26 21:47   >>

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 産経新聞で作家の伊東潤さんが日本史の敗者に光を当てる素晴らしい歴史エッセーを連載しています。

 史上、最も悲惨な敗者と言えば豊臣秀次だろう。
 秀次は永禄11(1568)年、尾張国知多郡大高村で生まれた。父親は弥助という苗字も持たない百姓である。しかし幸か不幸か、母親が羽柴秀吉の姉だったことから、その運命は大きく変転していく。
 秀次が生まれた頃、すでに秀吉は、織田信長の家臣として出頭の階を上り始めていた。それゆえ家臣が不足し、姉婿の弥助を家臣にした。4歳から5歳の頃、秀次は宮部継潤(けいじゅん)という武将に養子入りさせられる。この頃、秀吉の主・信長と近江の戦国大名・浅井長政が戦っており、その調略の一環として、浅井方から寝返った継潤を織田方に引き留める駒に使われたのだ。
画像
滋賀県近江八幡市の八幡公園内に建立されている豊臣秀次像

 天正元(1573)年、浅井氏は滅亡し、秀吉は近江3郡の大名にされた。しかし、子のできない秀吉に手駒は少ない。そのため天正2年頃、秀次は継潤との養子縁組を解消させられ、秀吉の許(もと)に戻された。
 続いて秀吉は、秀次を四国の国人・三好康長の養子に入れた。三好康長は天正3年、信長に降伏後、四国攻略作戦の嚮導(きょうどう)役のような立場にされていた。秀次は三好孫七郎信吉と名乗り、養父と一緒に行動することが多くなる。

 しかし天正10年、本能寺の変によって秀次の運命も一変する。長宗我部氏との決戦を控え、阿波で援軍を待っていた康長は、信長の死を聞いて堺に逃げ戻り、そのまま隠退したらしく、康長の勢力基盤と家臣団が秀次のものとなる。
 一方、信長の死により、秀吉に天下人への道が開けてきた。秀吉の狙いは、信長の後継者の選定や遺領(いりょう)の分配を思うままに進めることである。そのためには、信長股肱(ここう)の池田恒興(つねおき)を自陣営に取り込む必要がある。秀吉は恒興の娘を秀次に娶(めと)らせる約束をし、清洲会議の主導権を握ることに成功する。
 天正11年、賤ケ岳の戦いで柴田勝家を破った秀吉は、いよいよ天下取りの野心を剥(む)き出しにしていく。ところが天正12年、大きな挫折が待っていた。小牧・長久手の戦いである。
 この戦いで三河攻撃隊の主将に任命された秀次は、徳川家康の巧妙な駆け引きに翻弄され、池田恒興、その嫡男の元助、恒興の娘婿の森長可(ながよし)をはじめとした2500の将兵を失うほどの敗北を喫する。

 この時、秀吉が秀次に出した叱責状の中には、後の確執の萌芽(ほうが)が見られる。すなわち秀吉は、「秀吉の甥(おい)であることを鼻に掛け、傲慢な態度が見られる」というものから始まり、「進退の儀を取り上げる(勘当する)」「今後、行いを改めないなら首を切る」といった内容である。
 これは秀吉が秀次に奮起を促した書状だが、以前は秀次暗愚説の傍証として、よく引用されていた。しかし秀吉は、秀次の将来性を見込んでおり、後継者として育てようとしていたことに変わりはない。
 天正13年、秀吉が関白に任官するとほぼ同時に、秀次は近江八幡20万石(重臣の石高を合わせると43万石)の領主とされた。これに勇躍した秀次は、その居城である八幡山城や城下町の建設に手腕を発揮する。完成後は商人たちを安土から誘致することにも成功し、近江八幡は著しい発展を遂げていった。
 その後、天正18年の小田原合戦において、緒戦で山中城を1日で落とすなどの功を挙げた秀次は、尾張清洲に移封(いほう)され、尾張一国57万石の大名となった。(次週に続く)
【用語解説】豊臣秀次
 とよとみ・ひでつぐ 永禄11(1568)年、秀吉の姉の子として尾張に生まれる。宮部継潤、三好康長の養子に出された後、羽柴氏に復帰。秀吉に従い、小牧・長久手の戦いや紀州攻めなどに従軍。長男を亡くした秀吉の養子となり、関白を譲られる。だが豊臣秀頼の誕生後は秀吉に疎まれ、文禄4(1595)年、官位剥奪の上、切腹を命じられた。
【プロフィル】伊東潤(いとう・じゅん)昭和35年、横浜市生まれ。早稲田大卒業後、外資系IT企業勤務、コンサルタントなどを経て、平成19年に「武田家滅亡」で文壇デビュー。25年、「巨鯨の海」で山田風太郎賞受賞。
 ※本連載の完全版は月刊「J−novel」(実業之日本社)で連載中です。

*2015.04.09 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/150409/lif1504090016-n1.html)

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この人の評価は2つに分かれているね。
井出浩司
2015/12/27 11:39

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