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zoom RSS 【敗者烈伝】〜明智光秀(上)「本能寺」前に家康暗殺計画 信長から命じられた? 作家・伊東潤

<<   作成日時 : 2015/12/12 12:51   >>

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 産経新聞で作家の伊東潤さんが日本史の敗者に光を当てる素晴らしい歴史エッセーを連載しています。

 明智光秀というのは、どうにも捉えどころのない人物である。残された記録が、両極端な人物像を示しているからだ。
 日本人の書いた種々の記録では、光秀は穏やかな性格で民に優しく、信心深い上に詩歌文学にも通じた教養人であり、礼儀正しく謹厳実直ということになる。これが、いわゆる白光秀である。
 一方、宣教師ルイス・フロイスが記した『日本史』にある光秀像こそ、黒光秀の典型だろう。
 「(光秀は)裏切りや密会を好み、刑を処するに残酷で、独裁的でもあったが、己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった」
 慈悲深い仏のような白光秀では、いかに吏僚(りりょう)として優れていても、信長家臣団の首座を獲得するのは難しい。つまりフロイスの描く黒光秀は、かなり実像に近いと思われる。だとすると、ほかの記録との辻褄(つじつま)が合わない。
 おそらく「己を偽装するのに抜け目がない」という一節に、光秀の二面性ないしは多面性が示されているのだろう。
画像
大阪府岸和田市の本徳寺に明智光秀像として伝わる肖像画(模本、東大史料編纂所蔵)

 さて本能寺の変にまつわる諸説は、大別すると野望説・突発衝動説・怨恨(えんこん)説・黒幕説に分けられる。野望説については、黒光秀の観点からは最も妥当なように思える。しかし、本能寺の変成功後の無計画さから、常に疑問が呈されている。

 最近では、怨恨説の一種である四国問題説というものが注目を集めている。すなわち信長が、「四国の儀は元親(もとちか)手柄次第に切り取り候へ」(『元親記』)という約束を反故(ほご)にし、四国進攻作戦を行おうとしたことで、光秀が恨みを抱いたというものである。しかし面子(めんつ)をつぶされたくらいで、謀反に及ぶだろうか。
 天正10(1582)年3月11日、信長は武田勝頼を滅ぼし、天下統一まで、もう一歩となった。この時、信濃国の諏訪で行われた祝宴の席上で、「われらも長年にわたって骨を折ってきたかいがあった」という光秀の言葉を聞きつけた信長が、「お前がどれほどのことをしてきたのか」と怒り、光秀の頭を欄干に叩(たた)きつけたという逸話がある(『祖父物語』)。
 この話は、史実としての信憑(しんぴょう)性が低いとされるが、常識では考えられない異常な行動だからこそ、真実ではなかったか。武田家を滅ぼした信長の自己肥大化は、この頃、急速に進んでいたからである。
 いずれにせよ武田家の遺領は、功を挙げた者たちに分け与えられることになった。この時、徳川家康は駿河一国を拝領する。
 甲斐国からの帰途、徳川領を通った信長は、家康を安土城に招いた。駿河一国拝領の御礼もあり、家康は、その誘いを断ることができない。ちなみに武田家が滅亡することで、信長にとって、家康は不要な存在になっていた。

 かくして5月15日、家康は安土に伺候(しこう)する。この時、家康の饗応(きょうおう)役に指名されたのが光秀である。しかし饗応方法をめぐって信長と意見の対立があり、激しい折檻(せっかん)を受けたという。
 これは仮説だが、この時、自己肥大化の極にあった信長は、安土で家康を殺せ、と光秀に命じたのではないか。しかし光秀は拒否した。それで信長は切れて折檻に及んだ−。
 この時、光秀が代替え案を提示したことで、信長は矛を収め、光秀に備中高松城行きを命じる。むろん、信長が合意した秘策があってのことである。
 実はこの頃、秀吉が高松城を攻撃しており、苦戦を強いられていた。その救援要請が安土に届いたのは、家康が安土に到着したと同じ15日である。(次週に続く)

【用語解説】明智光秀
 あけち・みつひで 享禄元(1528)年ごろ、美濃土岐氏に連なる明智氏に生まれたとされる。朝倉氏、足利将軍家に仕えた後、織田信長家臣となり頭角を現す。比叡山焼き打ちなど主に畿内の戦いで武功を挙げ、丹波一国の領主に。天正10(1582)年、本能寺の変を起こし信長を討ち取るが、直後に羽柴秀吉との山崎の戦いで敗北。敗走中の落ち武者狩りで落命した。
【プロフィル】伊東潤
 いとう・じゅん 昭和35年、横浜市生まれ。早稲田大卒業後、外資系IT企業勤務、コンサルタントなどを経て、平成19年に「武田家滅亡」で文壇デビュー。25年、「巨鯨の海」で山田風太郎賞受賞。
 ※本連載の完全版は月刊「J−novel」(実業之日本社)で連載中です。


*2015.02.12 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/150212/lif1502120024-n1.html)

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BS-TBSの12/26は「日本史を変えた「本能寺の変」 明智光秀」です。
http://www.bs-tbs.co.jp/retsuden/
井出浩司
2015/12/12 20:10

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