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zoom RSS 【敗者烈伝】〜松平容保(下) 主体性の欠如が招いた悲劇 作家・伊東潤

<<   作成日時 : 2015/11/22 22:39   >>

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 産経新聞で作家の伊東潤さんが日本史の敗者に光を当てる素晴らしい歴史エッセーを連載しています。

 第一次長州征伐後、政局は混迷を極めてくる。まず会津藩のあずかり知らぬところで、薩摩藩が長州藩に接近し、その政治工作により、第二次長州征伐がうやむやのうちに終わる。そんな折、将軍家茂が病死し、一橋慶喜(よしのぶ)が将軍職に就いた。慶喜は水戸藩出身で勤王の志が強い。それが、松平容保(かたもり)と会津藩の悲劇を助長することになる。
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松平容保(国立国会図書館蔵)

 この難局にあり、容保は慶喜に追随するだけで、強く意見したという記録はない。また距離を置いて保身に走ったわけでもない。幕末の政局全体を通して言えることだが、会津藩には「バックには幕府がある」という安心感があるのか、危機意識がさほど感じられない。
 ところが慶応3(1867)年10月、慶喜は大政を奉還してしまう。もちろん発表前に容保も知っていただろうが、実際にどれほど相談にあずかり、影響力を持てたかは定かでない。というよりも慶喜にとって、容保と会津藩は忠実な番犬でしかなく、相談相手ではなかったのだろう。
 慶喜としては、王政復古となっても雄藩連合の盟主的地位に君臨するつもりでいたのだが、岩倉具視や大久保利通の画策により、盟主どころか辞官納地を迫られてしまう。慶喜の政治的敗北である。このあたりの高度な政治的駆け引きに、容保は加わっていない。会津藩がかかわると、再び京が戦乱に見舞われると思った慶喜により、蚊帳の外に置かれたというのが定説だが、容保が信頼されていれば、疎外されるはずはない。

 慶応4年1月3日、鳥羽伏見の戦いが勃発する。戦端を切りたい薩長方に対し、「政治的圧力をかける」(慶喜談)ために軍事行動を開始した幕府方との思惑のギャップが、この戦いの結果を左右することになる。
 すでにこの時点で、慶喜が小才子であることは分かっていたはずであり、また相手方に玉(ぎょく)(天皇)を握られている限り、いつか錦旗が上がるのも明らかである。いかに藩祖の遺訓があろうが、藩士や領民を守る義務のある藩主であれば、慶喜に「勝手になされよ」と言って従わないこともできたはずである。
 軍事圧力を駆使した政治的駆け引きだけで辞官納地を撤回させ、政治的立場の回復を図ろうとしたところに、慶喜の勘違いがある。こうした方針に容保が反対した形跡はない。
 容保と松平定敬(さだあき)(桑名藩主)の兄弟は、慶喜に丸め込まれて、いいように使われていたとしか思えない。つまり主体的に動くことができず、ただ命じられるままに走り回るだけなのだ。軍事力を持っていれば、いかようにも影響力を行使できるのだが、容保はそれをしなかった。
 容保の判断ミスの極め付きが、鳥羽伏見の戦いが終わらぬうち、慶喜とともに開陽丸で江戸に逃げ帰ったことである。この時、会津藩士の大半が置き去りにされ、会津藩は死者だけで130余も出し、なけなしの金で買った最新兵器の大半を、京洛の地に置いていかざるを得なかった。
 江戸に帰った後、慶喜は勝手に謹慎恭順し、容保の登城さえ差し止めた。つまり容保・定敬兄弟は、土壇場になって梯子を外されたのである。

 会津に帰った容保は、和戦両様の構えを保持しつつも、何とか戦いを避けようとするが、新政府軍の攻勢の前に、頼みの奥羽越列藩同盟も瓦解(がかい)、ついに会津藩領に攻め込まれる。
 それでも会津藩は1カ月余の間、籠城戦を完遂した。小藩から養子で入ってきた容保に、一丸となって忠節を尽くした藩士たちは立派だった。
 幕末の荒波に翻弄された容保は、悲劇の主人公とされる。しかし、その大半は己が招いたことであり、やはり歴史の転換点に立つべき器量の持ち主ではなかった。容保が死去したのは明治26年12月。享年は59だった。すでに幕末維新は雲煙の彼方に去り、日本は列強への道をひた走っていた。
 維新後、高須4兄弟は、誰一人として政治の表舞台に登場することなく、この世から去っていく。容保にも活躍の場はなかった。それでも容保には、不満などなかったに違いない。容保は政治家ではなく、殿様にすぎなかったからである。
 次回「足利直義(ただよし)」は来年1月15日に掲載します。
【プロフィル】伊東潤
 いとう・じゅん 昭和35年、横浜市生まれ。早稲田大卒業後、外資系IT企業勤務、コンサルタントなどを経て、平成19年に「武田家滅亡」で文壇デビュー。25年、「巨鯨の海」で山田風太郎賞受賞。
 ※本連載の完全版は月刊「J−novel」(実業之日本社)で連載中です。

*2014.12.18 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/141218/lif1412180010-n1.html)

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会津の悲劇の伏線だね。
井出浩司
2015/11/23 06:01

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