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zoom RSS 【敗者烈伝】〜高師直(下) 伝統破壊「南北朝の信長」

<<   作成日時 : 2015/06/20 23:20   >>

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 産経新聞で作家の伊東潤さんが日本史の敗者に光を当てる素晴らしい歴史エッセーを連載しています。

 南北朝の戦いの経緯は省略するが、建武3年、南朝方を吉野に追った足利方は幕府を開いた。
 足利家の家宰から将軍の執事となり、多くの権限を有するようになった師直(もろなお)は、新興武士層が主張する権益、すなわち実力で奪った公家の荘園や寺社の本所を、新興武士層の所領として認めることで、輿望(よぼう)を集めることに成功する。
 師直は実力主義を貫く人物で、伝統や権威を破壊することを何よりも好んだ。
 家職であった武士階級の垣根を取り払い、誰でも武士になれ、実力次第で土地も所有できることを知らしめたのは師直である。
 すなわち、荘園制を崩壊に導いた張本人こそ師直であり、こうした伝統や権威の破壊こそ、後の織田信長に通じるものがある。
 暦応2(1339)年8月の後醍醐帝の死と共に、南朝勢力の衰退は始まり、室町幕府は軌道に乗り始める。こうした流れを押しとどめるべく、後醍醐帝の跡を継いだ後村上帝は貞和3(1347)年、畿内各地に残る南朝勢力に一斉蜂起を命じた。
 南朝方は緒戦で足利方を破るが、翌貞和4年正月の四條畷合戦で、高軍に惨敗を喫してしまう。この余勢を駆って吉野まで攻め寄せた師直は、吉野宮を焼き払い、南朝方に引導を渡した。これにより室町幕府は安定するが、平和が訪れると始まるのが、政権内の権力争いである。

 翌貞和5年閏(うるう)6月、直義は政変を起こし、師直の追放に成功する。
 執事を罷免され、朝廷への出仕も差し止められた師直は、すぐさま反撃に出た。
 同年8月、にわかに兵を集めた師直は、尊氏邸に逃げ込んだ直義を包囲する。これにより再び立場が逆転し、直義は出家させられ、直義を支えてきた与党の者たちは殺された。
 かくして師直の勝利で、観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)と呼ばれる足利政権内の内ゲバは、終結するかに見えた。
 ところが、尊氏の実子で直義の養子になっていた長門探題の直冬が、九州で反旗を翻し、これを聞いた直義も出奔することで第二幕が開く。
 直冬の反乱を鎮定すべく、九州へと出陣した尊氏と師直だったが、その間に直義は与党勢力を糾合、南朝とも手を組んで巻き返しに転じた。
 尊氏と師直は九州行きを取りやめ、畿内に戻ろうとするが、その帰途、芦屋の打出浜で直義方に大敗を喫して降伏する。
 これにより、師直と師泰をはじめとした高一族は京へと護送されることになるが、その途次、皆殺しにされた。ここに高一族は滅亡する。
 つい数カ月前まで栄華を極めていた師直は、瞬く間に奈落の底に突き落とされた。

 その敗因を一言で言えば「油断」と「慢心」だが、そこには、凋落(ちょうらく)が始まると競うように逃げ散ってしまう、寄せ集め軍団の脆弱(ぜいじゃく)性があったのも事実であろう。
 ここに一幅の肖像画がある。正式名は「絹本著色(けんぽんちゃくしょく) 騎馬武者像」という。
 長きにわたって、足利尊氏像として教科書などにも載っていた絵である。
 問題はここに描かれた像主だが、さまざまな根拠から、これこそ師直ではないかと言われている。
 確かに解けた髷(まげ)や抜身(ぬきみ)の大刀などから、戦いの最中か後を描いたようで、殺伐とした雰囲気が漂っている。子孫たちが初代将軍を描かせたとは、とても思えない。しかもその視線は、何かを見つめているようで何も見ておらず、ある種の諦念や達観を感じさせる。
 像容だけを見ても、優柔不断で一貫性のない尊氏とは思えず、師直と断じてもいいだろう。
 この肖像画は、騎馬武者の頭上に2代将軍義詮(よしあきら)の花押が記されているように、義詮が師直の戦功を賞し、その菩提(ぼだい)を弔うために描かせたというのが、最新の定説である。

 しかもこの花押は、38歳で病没した義詮の最晩年のものらしく、悲劇的な族滅を遂げた高一族への鎮魂の思いが込められているという。
 つまり死の床に伏せるようになった義詮は、自らの病は高一族の怨念によるものと思い込み、この絵を描かせたというのだ。
 神仏など信じず、神仏を足蹴にしてきた師直が、半ば神仏のように扱われている皮肉に、冥途(めいど)の師直は失笑したに違いない。
 この7月、私は、高師直を主役に据えた長編小説『野望の憑依者(よりまし)』を上梓(じょうし)する。関心のある方は、ぜひご一読いただきたい。

(作家・伊東潤)
 次回「武田勝頼」は7月24日に掲載します。
【プロフィル】いとう・じゅん 昭和35年、横浜市生まれ。早稲田大卒業後、外資系IT企業勤務、コンサルタントなどを経て、平成19年に「武田家滅亡」で文壇デビュー。25年、「巨鯨の海」で山田風太郎賞受賞。

*2014.07.03 産経新聞より
(http://www.sankei.com/life/news/140703/lif1407030034-n1.html)

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コメント(1件)

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足利尊氏だと思ってたのが、高師直、っていうのは今は通説だね。
井出浩司
2015/06/21 06:38

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