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zoom RSS 【官兵衛を探る(12完)】

<<   作成日時 : 2014/05/31 12:03   >>

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 産経新聞WESTで連載中の黒田官兵衛の記事です。

誠実、寛容、教育、官兵衛「福岡藩」の礎の秘密…現代にも通じる「官兵衛哲学」の神髄

 智略を尽くして戦国の世を戦い、信長、秀吉、家康からも認められた官兵衛が最も重んじたものは一体、何であったか。それは人を大切にする心であろう。戦いとはいえ、なぜ多くの命が簡単に失われるのか、命を落とさずに済ませるすべはないのかと考えたに違いない。
 官兵衛が戦いにおいて、相手への説得を重視した根底には、立場は違っても、お互い人間だから真(しん)摯(し)に話し合えば分かり合えるはず、戦いは最小限でよかろうとの考えがあったであろう。戦に及んだ場合でも相手を殲(せん)滅(めつ)しようとせず、敵将が降伏すれば兵は許した。命を救われた者は喜んで官兵衛の下で働く。「人は殺すよりも生かして使え」である。
画像
黒田如水像 宗儒賛(福岡市博物館提供)

 官兵衛は自らの政治理念を「如水遺事」の中で「神の罰より主君の罰おそるへし、主君の罰より臣下百姓の罰おそるへし」などと述べている。神の罰は祈れば許してもらえ、主君の罰もわびれば許してもらえるが、家臣や百姓に疎まれると決して許してもらえないから最も大切にしなければならないと説き、家臣や百姓を慈しむ仁(じん)の政治を目指した。
 御着城主小寺家の家老から信長の傘下に入り、秀吉を天下人に押し上げた官兵衛はその後、次第に秀吉から疎まれるが、忠義を尽くしながらも毅(き)然(ぜん)たる態度を貫く。また、日々質素に暮らすが、人に施すときには財を惜しまなかった。家臣にも親しく温和に接し、晩年は妻の光(てる)姫と静かに暮らした。その一生は「我人にこびず、富貴を求めず」そのものである。

 官兵衛辞世の句が残っている。「おもひおく 言の葉なくてつゐに行 道はまよハし なるにまかせて」。ここにはこれまでの人生に思い残すことはないとの満足感が感じられる。
 官兵衛の人間像を振り返ると、軍師のほか戦略家、外交官、政治家、文化人、キリシタン、技術者、教育者、哲学者の面を併せ持ち、先見性、洞察力に優れ、誠実で人間愛にあふれた人物であることが分かる。多くの戦国武将が滅んでいく中で、生涯五十数回の戦いで一度も負けず、教育を重視し、幕末まで続く福岡藩の礎を築いた業績は比類ないものである。
 失敗が許されない状況では相当自信のある計画でも、実行し成果を収めることは難しく、実績が重みを持つのは現代も同じである。「官兵衛哲学」と称される教えは官兵衛の豊富な経験、実績に裏付けられており、含蓄ある言葉の数々は今のわれわれにも糧となるであろう。

=播磨の黒田武士顕彰会理事 今藤(こんどう)久夫

*2014.02.22 産経新聞より(http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140222/wlf14022212010009-n1.htm)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
亡父が酔っぱらって「黒田節」歌ってたのを覚えてます。この歌の主人公「母里太兵衛」は「速水もこみち」がやってますね。
僕の中では、母里太兵衛は料理もうまいひとだった、
的なイメージが勝手にできてしまいました。
連載お疲れ様でした。
井出浩司
2014/05/31 15:01
いつも閲覧ありがとうございます。実は、次ネタとして「官兵衛の実像」ってのを準備してます。
管理人
2014/05/31 17:24

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