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zoom RSS 晶子の執着(17)千年に一度の天才 嫉妬、怨嗟、懊悩…地獄みた夫婦「百とせの後に」

<<   作成日時 : 2013/08/16 22:33   >>

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 産経新聞WESTで記者の石野伸子さんが与謝野晶子についての素晴らしいコラムを連載しています。

 晶子はデビュー作「みだれ髪」で、22歳にして歌人として不動の地位を獲得した。その経緯だけでも、後世に語り継ぐに足る物語をはらんでいるが、その後の人生も実に豊かだ。

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各地を旅した晶子と鉄幹。讃岐の屋島にて。「優勝者となれ」掲載(堺市・与謝野晶子文芸館蔵)

 「晶子恋い」を自称する作家の田辺聖子さんは「芸術と実人生が綯(な)いまぜられつつどちらも熟成していくという、稀有(けう)な幸運」と書いている(新潮文庫『みだれ髪』収録「年々の愛読書」)。

 幸運というのは、人生がずっと幸せ続きだったことを意味しない。波乱に富んだ人生が本人をむしばむことなく人格を育て、それを歌や評論など芸術作品に昇華させた、そのことをいう。それだけの才能と生きる力に満ちている幸運。

 最大の出会いが与謝野鉄幹という存在だっただろう。晶子は千年に一度の天才だったが、その天才に最後まで緊張感を強いる力が鉄幹にはあった。鉄幹によって晶子は嫉妬を知り、怨嗟(えんさ)を知り、懊悩(おうのう)を知った。

 40代半ばでは、自身も夫以外の男に心乱す経験を持っている。その背景には当然、鉄幹との齟齬があったはずだ。作家、有島武郎とのかかわりは果たしてどのような実態があったか真実は闇の中だが、双方とも社会的地位をもち、家族をもちながら尊敬の念を隠さず、ひかれ合った。

 しかし、もはや晶子は親も故郷も捨てて鉄幹のもとに走った21歳ではない。

 「恋すればあはれ飛行(ひぎょう)も許さるる身の程なれど並々に泣く」

 恋をしたからには、あたなのもとに飛んでいくのも許されるほどの私の今の思いですが、平穏無事な生活を守るために我慢し、泣いているのです。

 大人の理性と家族への思いで執着を封じ込めたか。しかし、あろうことかその相手は軽井沢の別荘で人妻・波多野秋子と心中してしまう。

10年以上をかけた労作、震災で灰に…

 その衝撃も冷めやらぬ3カ月後、憔悴(しょうすい)の晶子をさらなる衝撃が襲う。大正12(1923)年9月1日、関東大震災勃発。自宅で被災した一家は余震で自宅崩壊するのを恐れ、家族で土手まで逃げ2晩松の木陰で野宿した。幸い、自宅は無事だったが何よりショックだったのは、文化学院に置いていた完成間近の源氏物語口語訳の草稿千枚が、学院とともに焼失したことだ。10年以上の歳月をかけた労作は、あと宇治十帖を残すばかりだった。

 震災後、夫婦は各地を旅しては歌をよみ、現地で作歌指導をし短冊を売った。昭和5(1930)年には発表の場を求めて機関誌「冬柏」を創刊した。

 昭和7年、鉄幹は旅の疲れから急性肺炎を発症してあっけなく死去。享年62。

 晶子は10年後の昭和17(1942)年、狭心症で倒れ、5月29日に63歳でこの世を去ることになるが、この間には、「源氏物語」の現代語訳に再びとりかかり、4年がかりで完成させている。

 先の小文「年々の愛読書」で、田辺聖子さんは残された写真をみて、晶子の表情は年を重ねるにつれ美しくなっている、と書いている。対象を見つめる強いまなざし、秀抜な男眉、意志的に引き結ばれた唇。

 確かに、若いころの何かしらおどおどしたような様子と違い、魅力的な表情だ。えりもとをゆるゆるさせた着物の着付けはだれもまねできない独特の存在感を見せている。

 そして、鉄幹も年を重ねるにつれ、いい男ぶりをみせつける。

 夫婦が共によくなるのはむつかしい。双方で妥協してはレベルダウン。ごくまれなカップルだけが、精神の独立と自我を摩滅させないで生き伸びることができる。

 田辺さんは晶子の評伝的小説「千すじの黒髪」でフランス行きまでを書いているが、ぜひともその続編を読みたかったところだ。そこには稀有な夫婦の、手を携えての葛藤と円熟が書かれたはずだ。

 さてさて、晶子の人生は何に執着していたのだろう。田辺聖子さんは2人の生涯をつないでいたものはもはや愛か憎悪かわかちがたいもの。瞳の奥には男女の地獄を見た眼が見えると書いている。

 地獄をみてなお、前を向いて歩く強さ、生きることへの執着か。

 最後にひとつ、晶子が32歳でよんだ歌をあげておきたい。明治44年1月、第9歌集「春泥集」に収録されている。

 「古さとの小(ちひさ)き街の碑に彫られ百とせの後にあらんとすらむ」

 当時、故郷・堺ではまだ妻子ある男に走った晶子を指弾する声が強かった。また私生活では鉄幹との間で葛藤が強まっていた時期だ。そんな中、堂々と「百年後には私の歌碑ができ忘れがたい名になっているでしょう」と歌う強さ。自分を信じる力。

 好きだなあ、晶子。


*2013.06.26 産経新聞関西版より
(http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130626/wlf13062616300020-n1.htm)


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代表作「みだれ髪」22歳だったんだ。
井出浩司
2013/08/17 10:51

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