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zoom RSS 晶子の執着(3)12歳まで男装 父母の狭間で自由を求め

<<   作成日時 : 2013/06/06 22:23   >>

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 産経新聞WESTで記者の石野伸子さんが与謝野晶子についての素晴らしいコラムを連載しています。

 「ふるさとの潮の遠音のわが胸に ひびくをおぼゆ初夏の雲」

 南海本線堺駅西口駅前広場に建つ晶子のブロンズ像。平成10(1998)年、晶子生誕120年を記念して地元ライオンズクラブの手で建立された。記されている歌は晶子27歳のとき「明星」に発表した歌。歌集「舞姫」に収められている。
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南海電車の駅前広場に建つ与謝野晶子立像。故郷をうたった歌が刻まれている=堺市堺区

 初夏の青空に浮かぶ白い雲を見ていると、いつしか胸の中にふるさとの潮の遠音が響いてくるように思われる。

 前回紹介した「海こひし潮の遠鳴り数へつつ 少女となりし父母の家」とほぼ同じような時期に歌われてた。22歳で堺を捨て東京に出てきた若き歌人の、故郷を思う心情が切々と歌われているが、実は晶子が歌以外の小説や童話、評論や随筆などに記した自伝的文章には、愛憎半ばする故郷への記述が多い。

 昭和11(1936)年、婦人公論に発表した「故郷と父母」という文章には、堺のことを「私の幼時から既に頽廃(たいはい)した淋(さび)しい町であった」という記述もある。

 その背景には、幼いころのつらい思い出が重なっているように思える。

 晶子は老舗和菓子店の娘として生まれたが、自身は少女時代を幸せに過ごしたと思っていない。家族環境は少々ややこしかった。

父親の宗七は商人らしからぬ読書家で蔵には蔵書がどっさり積んであるような人だったが、商売は下手で、かわりに家を仕切っていたのは母親の静。宗七は一度結婚し2人の娘にも恵まれたが先妻は静の気に入らず無理やり離縁され、後妻に入ったのが晶子の母、津祢だった。

 津祢は働きもので計算もでき商売の采配もできて静の気に入られるが、常に姑(しゅうとめ)に気を使い、また晶子とは10歳以上年の離れた先妻の娘たちに気を使い、晶子を甘やかさなかった。

 少女時代をつづった「私の生ひ立ち」に収録された「茶の袢纏」には、安い古着を買ってくるのが自慢の祖母が手を入れた茶の袢纏を着て学校へ行くのがいやでいやで仕方がなかったと嘆いている。

 幼少期を写した写真にまるで男の子のような身なりをした1枚が残されている。のちにそれをうたった歌もある。

 「十二まで男姿をしてありし われとは君に知らせずもがな」(春泥集)

 先の「故郷と父母」には昼ご飯のとき、体調が悪くぽろぽろとごはんをこぼしていたら、父親が自分の前掛けで隠してあげるから早く指で拾いなさい、と自分をかばってくれたという逸話が書かれている。「母は其れほど恐い人であった」

 しかし、父親とていつも味方になってくれたわけではない。夭逝(ようせい)した次男の後に生まれた女の子だったため、父親はひどく失望し、また責任を感じた母親は産後の肥立ちが悪く、晶子は叔母の嫁ぎ先に3年ほど里子に出された。弟が生まれてやっと実家に引き取られたという。

 両親とのスキンシップの薄い少女にとって、さらに過酷だったのが乳母運の悪さ。中流以上の家では乳母がつくのが普通だったが、晶子はたびたび乳母が変わり、また意地の悪い乳母にあたった。理由もなくつねられ黙って耐えた。わずか3、4歳の悲しい知恵。

 「子守というものは皆、残忍なものであると深く身に沁(し)んだ。子守だけではなく堺の町に住む下層の男女には共通してそうした太(ふ)て太(ぶ)てしい所のあるのを、堺人だけでなく、祖父は越前の敦賀の人で大阪の船場で生まれた私の父は嫌わしがっていることを後に私も知るようになった。父は子供に堺言葉を使わせなかった」(「故郷と父母」)

 堺もえらい言われようである。もっともそんな父親が祖父に与えられた大阪・心斎橋の店を捨てて、兄に譲られた堺の店に来た理由をこう書いているのも面白い。

 「美食家である父は堺の濱の新鮮な魚に心を引かれたのが一つ、今一つは隔たった土地の男女の間には優良な子供が生まれるという或(あ)る科学者の説を信じて実行しようとしたのである」

 ちょっと変わった父親であったらしい。

 「あぢきなきわが生立に似る如く似ざるが如き雛罌粟(ヒナゲシ)の花」(大正8年)

 しかし、詩人の茨木のり子さんは愛子の評伝『君死にたもうことなかれ 与謝野晶子の真実の母性』(童話社)の中で、詩人らしい感性で「堺そだちのむすめ」として晶子をこうとらえている。

 「(晶子は)堺の町をのろいましたが、人間の自由をあくまで追いもとめ、行動した晶子の一生を思うとき、かつての自由都市・堺の熱い血は、彼女のなかにこそ、脈々と伝わりほとばしりでた感じが強いのです」

 しばし、そのほとばしりを追いかけていこう。


*2013.03.06 産経新聞関西版より
(http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130306/wlf13030616300005-n1.htm)


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
しっかり<blockquote></blockquote>タグ使ってるんで、著作権大丈夫だと思うが・・・。
井出浩司
2013/06/07 11:20
それが一番気になってる。高杉晋作の時みたいに、ブログに引用できるようになっていないんで、こういう形式にしたんだが...
与謝野晶子ド素人には、このコラム本当に助かるんで続けたい。
管理人
2013/06/08 10:35

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